第十二話 秋の戯言回顧録
私この街が好きだったよ。
騒がしくて冷たくて、だから同じ気持ちでいた苗ちゃんと出会えたんだと思う。
最初は大嫌いだったけど、苗ちゃんといる事で好きな街に変わってった。
自分を理解して受け入れてくれる人、同じ思いの人がいるってだけでこんなに日々は変わっていくんだって思ったよ。
私達は旦那と向き合わないでお互いにお互いの中に求めてるものを見つけちゃったんだよね。
家族になったのにね、子供が産まれたらもっと家族になれる。
幸せなんだと思ってたのに、心がこんなに離れてしまってる。
私が我慢できなかったのかなぁ?
私の頑張りが足りなくて苗ちゃんに助けを求めて手を伸ばしちゃったのがいけないのかな。
ねぇ苗ちゃん。
いつもはしゃいで子供みたいに分からないフリしてたんだよ。
苗ちゃんが私への想いと家族への想いで板挟みになってるのも分かってて、
苗ちゃんが本当に目を向けて欲しいのは修二くんなんだろーなぁ。
て気づいてて。
わざとあっけらかんと
苗ちゃんに好き好き言ってたんだよ。
ねぇ本当は不安で不安で仕方なかった。
いつ気づいちゃかな、いつ
「キモチワルイ」
て言われちゃうかな。
もうちょっとこのままでいようよ、もうちょっと忘れていてよって思ってたんだよ。
もっともっと甘やかして私から離れて行けなくなればいい。
苗ちゃんは子供みたいにに甘えるね
子供みたいに泣いちゃうね
嘘。
私の方がよっぽど子供。
苗ちゃんをなるべく長くつなぎとめたくて子供みたいにジタバタしてる。
「若い時は彼氏が欲しいとか結婚したいとか。
そういう欲求があるじゃない?
それって、子孫を残すって本能に突き動かされてるんじゃないかと思って。
結婚して子供が産まれたら...
今度は心のつながりを深く求めてる。
心の底から分かり合える人を求めてる。」
そんな事を、苗ちゃんが言っていてびっくりした。
そんな事言ったら旦那さんの存在はひどい言い方子供を産むための相手になってしまう。
心から分かり合える人は旦那さんではないと言っている。
もちろん好きで恋して一緒になって幸せだっただろうし、子供達も産まれて家族が出来て順風満帆。
色々あったとしても、
苗ちゃんがそんな事を言うとは思わなかった。
でも妙に納得してしまった。
今でもずっと幸せで仲良しで素敵な家庭はあるだろう。
うちだって仲がひどく悪いわけでもない。
でも苗ちゃんの言うような心からこの人の心ごと欲しいと思ったこの感覚は初めてだった。
私は苗ちゃんを成す全部が欲しい。
私達は家族を大事に思っている。
でも子供が産まれたら違う人になったみたいだった。
それは私もそうだし彼も違う人に見えた。
苗ちゃんの言った事を考える
苗ちゃんはきっと旦那さんにちゃんと伝えて彼が真っ直ぐ受け止めて応えてくれるなら旦那さんの事を深く愛せるんじゃないかな?
私と違って。
その勇気が出ないだけで...
そうなったら私、困るけど。
3年前の春母から電話が来た。
父が死んだ。
仲は良くなかった
むしろ嫌っていたぐらい。
それでも真希が産まれてからはとても可愛がってくれて真希も一身に愛情を受けて、少し関係は良くなっていた。
癌で闘病してたのは知ってるけど急変したらしい。
勇気を妊娠中の私は真希を連れて実家に帰り葬儀を済ませた。
子供の無邪気さは周りの大人を和ませ
滅多に会えない祖父が棺桶で花に包まれているのを見て当時2歳の真希は
「じぃじお花いっぱいきれーねぇ」
と言い、その時初めて涙が溢れた。
ただそこにあるだけの転がってるだけで目にも止めないような物がある日から突然意味をなす。
父の部屋の片付けを手伝っていた時、
母はそのゴミのようなのを拾い両手で包むと胸に押しあてて涙を零した。
壊れた安物のボールペンだった。
年をとった母のそんな顔は初めて見た。
あぁ、いつの間にこんなに小さくなったのだろう、骨っぽい肩。
白髪だらけで染める事もなく、額や目尻や鼻の下口元には彼女の人生を共に歩み歴史と共に刻まれたシワが無数にあり、そのシワはギュッと顔の真ん中に集まるように寄っている。
母は小さな声を漏らしながら泣いている。
人の涙は悲しくて美しい。
母の落とす一粒一粒の涙に父との思い出が一つ一つ写っているようだ。
「お父さん....」
母が呟いた。
その一言に全部詰まっているようだった。
良いことも悪いことも何もかも二人が過ごしてきた物が全部。
私が知る限りは若い頃は特に暴れるろくでもない父親で、なんで別れないんだと思っていたぐらいなのに。
私には分からない夫婦の想いがあったのかな?
私は一応そんな二人の愛の結晶な訳だけど、ひどく疎外感を感じた。
まるで蚊帳の外。
私が彼と...朔弥と共に歳を重ねて行ってもどうしてもそこへはたどり着けないと感じた。
あぁ無理だ。
いつからなんだろう。
どうしてこうなんだろ?
この日がきっかけって訳じゃないけど。
朔弥を受け入れられなくなった。
だから苗ちゃんを好きになった事とは関係ないんだよ。
だけど、もうこれでいいとも思ってる自分がいるんだ。
私が辛いかもしれない
何にも知らない朔を傷つける事になるけど
必ずしも答えを出さなきゃいけない?
物事に全てに結末をつける事は誰のためだろう
必ずしも解決する事がハッピーエンドじゃないって思うから。