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あなたがあなただったから。  作者: 小鹿志乃
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第十一話 妻であり親である事

ヴーヴー...ヴーヴー

「ん...」

秋は夜中に目が覚めた。

スマホのバイブ音で徐々に覚醒して目を覚ましてしまった、枕元に置いてあるスマホを見ると3時を過ぎていた。

その画面には苗からの着信も表示されている。


(こんな時間に...)

何にかあったのではないかと胸が騒ついた。


秋はコソコソとベッドを抜け出しストールをさっとかけ、寝室を出てリヴィングのソファに腰掛けるとすぐに苗に掛け直した。


苗はすぐに電話に出た。

『秋ちゃん。』

「電話したでしょ?どうしたの?」

『ごめん、起こしたね...』

苗の声は小さい。

「何かあった?」

『今、○△の小児救急にいるの、柊が入院する事になって』

「えっ」

『この前熱があったってでしょ?高くなかったけど、なかなか治らなくて悪化して肺炎になりかけてたみたいで...』

「柊くんの様子は?」

『もう大丈夫。』

「...よかった、桜ちゃんは?」

秋はホッと胸を撫で下ろした。


動物園で遊んでから柊の熱は一週間続いていた。

上がったり下がったりを繰り返し病院にもかかっていたがなかなか治らないでいたのだ。


『旦那の実家で泊めてもらってる。旦那もしばらく実家泊まりで朝出勤前に幼稚園に連れてってくれるって。』

「そっか。それで...苗ちゃんは大丈夫?」

『....』

「ねぇ。明日、というかもう今日だけど。子供達二人共幼稚園だから。私、病院行くよ。」

苗は何にも言わないが、電話の向こうから鼻をすする音がした。


「私がしばらく病院で柊くん見てるから苗ちゃんは必要なもの取りに家に帰って、しばらく休んでから戻って来たら?」

『そんな、いいよ。大丈夫だから。』

「大丈夫じゃないよ。病院のベッドって簡易のやつでしょ?寝た気しないでしょ。自分の家で寝ておいでよ。」

『大丈夫じゃないっていうか、柊が心配だし、でも大変だし。心細いんだけど、でも...』

「うん?」

『ただ..』


きっと寝れなかったのだろう、必死で泣くのを堪えるように言葉に詰まりながら話す苗の声はかすれている。


『ただ...声が、聞きたくて。』

と言うと苗は止まらなくなったようにひっくひっくと子供のように泣き出した。

『私の事っ口だけでもいいから気にかけて欲しくってっ...』


「うん。」

優しく相づちを打ち苗の本音を受け止めながら秋の心は複雑だった。


それは誰に...

優しくして欲しかった?

私に?だから電話した?

多分、本当は...いや絶対。

旦那さんに


気にかけて欲しかったよね?

でも明日も仕事があるから仕方がないよね。


「大丈夫、大丈夫。私今日暇だから、ね?子供達が幼稚園行ったら病院行くからね。」


苗は泣いたまま答えない。

「苗ちゃん、私がそうしたいから、柊くんも苗ちゃんも心配だから顔見せてよ。」

『わかった...』

「うん。じゃあまた後でね、行く時また連絡するから少しでも寝てね?」

電話を切る時苗が消え入りそうなほど小さな声で言った。

「ごめん。」

「大丈夫、大丈夫。」


病院で一人で不安だろう、柊くんの事も心配だろうし...

ふと、暗くなった病院で一人秋に電話をしている苗の姿が浮かび上がった。

秋は胸が締め付けられるように痛んだ。

ほんとは今すぐ車を飛ばして苗の所に行きたい、そして不安で心細い苗を抱きしめたい。


一人で大変だったね。

頑張ったね、もう大丈夫だよ。



でも穏やかに寝ている子供達と朔弥を置いては行けない。

少し寝たらみんなが起きる時間までに朝ごはんの用意をしよう。

子供達が出かけたらすぐ出られるように支度をしておこう......






浅い眠の中苗の所へ文字通り飛んで行く夢を見た。


苗ちゃん、もう大丈夫だよ!


夢の中で秋は苗に叫ぶが、苗は違う方向を見て笑っている。

その目線の先には修二がいた。


『仕事は?』

苗が修二に聞く声が響いてくる。

『臨時休業にした。苗と柊が心配で。』

修二は心配そうに苗を見つめ、苗も修二を見つめている。

『修二...私ずっと分かって欲しかったの。私の事わかって欲しかった!』

『ごめん苗』

二人は抱きしめ合いめでたしめでたし。

それはあまりにも正しい姿だった。


ただそこに立ち尽くしている秋を除いて。



ピッピピピッ!ピピピピピピ....

バチン!!

秋は目覚ましを止めた6時を指している。


「...」

夢を思い起こし虚ろな目をぐっと閉じた。

瞼には夢で見た二人がまだ鮮明に焼き付いている。



それでもいいよ

私を必要としてくれるなら。

何だっていいよ。

旦那の代わりでも、寂しいだけでも。

私を頼ってくれるなら。

全部私の物にならなくったって。

それでもいい。




秋は次に目を開いた時には母の顔でサッとベッドを抜け朝ごはんの支度へ向かった。

幼稚園は給食が出るから弁当の用意はいらないし、夫も昼はろくに食べないので弁当はいらないと言う。


朝ごはんに軽くパンを焼き、ベーコンエッグとサラダとソーセージを焼いた。


て早くみんなを送り出し、苗の元に飛んで行きたかった。

もしかして夢のように苗の夫の修二が仕事を休んで病院に行っているかもしれないな。



6時40分寝室の電気を付け声をかける。

「起きてーーー!ごはんだよーー!」


「うーーん」

「ねむいーーー」

「わかったー」


だいたい一回で起きてこない。

一人づつばしばしと叩いて起こしリヴィングに戻った。


早く早く。


苗が心配でたまらない。


そして飛んでいけるのに行かない苗の夫に嫉妬と憎悪を感じた。



「ママ〜ママ〜!」

台所に立っている秋の服を真希が引っ張っている。


「なぁに?」

「一人で顔を洗いたいんだけど、どうしたらいい?」

「えらいね!じゃあ濡れないように腕まくりとママのヘアターバンして、タオルはすぐ横に置いて。お湯を手ですくってやってみようか。」

「うん!」

子供達を手伝いながら朝食を揃えた。



朝食を摂ると朔弥は優雅にコーヒーを飲みながらTVのニュースを眺めている。

秋は子供達の幼稚園の支度に急ぎ、まだ食べ終わらない勇気を急かし、自分も着替え薄化粧をした。


コーヒーを飲み終えた朔弥は先に家を出る。

「いってきまーす」

秋はゴミ袋を持って玄関の朔弥を追いかけた。

「いってらっしゃい、あっ!ゴミ出して来てくれる?」

「燃えるゴミ?臭いからいやだなぁ。秋が出る時だしてよ」

「....そう」


「マーマーーー!ボタンができないーー!」

一人で幼稚園の制服に着替えていた真希が呼んでいる。

「はいはい。」

「じゃ行って来ます」

バタン。

「ママーー!」

「....」

ボタンは全て掛け違えている。それを直しながら勇気に早く食べ終わるように促す。


幼稚園のバスに乗るまで毎朝大変だ。




妻であり親である事

それは素晴らしいこと贅沢な事。

分かってるけど、それ以外の私は存在したらいけないの?


それ以外の私はいつからいなくなったんだろう?

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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりです。続きを待ってました!相変わらずのドロドロ具合、ありがてえ。
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