気づき
「私がいなくてもちゃんと起きるのよ!1日一回は外に出る!夜更かしもほどほどにすること!」
「あーもううるせぇなわかったって」
成人の儀から一ヶ月後、賢者を迎えに使者がやってきた。平和なら賢者の『ご加護』が出現したところで王都に召集もされなかったのだろうが、不幸なことに魔王が復活したらしいのだ。
勇者、聖女、剣聖、賢者がなぜ伝説たり得るのかというと、この四つの職業を持った人物が過去魔王を打ち倒してきたからである。
魔王が復活したと神託が下された今、この職業を持っている四人を集めて対魔王に向けて訓練をさせなければならない、らしい。
「行ってくるから!私がいなくてもちゃんとするのよ!!」
そう言って彼女は王都に向けて使者と共に旅立っていった。
見送った後、家に帰ると父さんと母さんが悲しそうな顔で話しかけてきた。
「ユグルド……」
「ユグちゃん……」
「え、なにどうしたの」
「だって……なあ、母さん」
「ユークリッドちゃんが居なくなって寂しいんじゃないかって」
「はあ?」
心外である。
なぜあいつが居なくなったくらいで寂しくならなければならないのか。それどころか清々した気分だった。
「そんなことよりご加護の方が僕は気が滅入ってるよ」
「そんなことって……」
「そんなことでしょ。今は自分のことで手一杯だ。こんな生まれた時の魔力測定でSを叩き出すほどの魔力があって魔法が使えないなんて笑いものじゃないか。他人の旅立ちに寂しさを感じてる余裕なんかないんだよ僕は」
「「……」」
「部屋にいるから。ご飯できたら呼んで」
階段を上がって二階の部屋に入った。ベッドに倒れこむ。
実際、かなり精神的に参っている。この大量の魔力を使って最強の魔法使いになるのだとばかり思っていた。それが蓋を開ければどうだ。ただのゴミみたいな力しかもらえず夢は潰えた。
魔力操作とは魔法の加護の威力を増幅させたり、魔力のみを動かせるようになる加護だ。だから魔法の加護を持たない僕は魔力を動かすということしかできない。これ自体は別に悲観すべきことではない。魔石と呼ばれる魔物の核に魔力を詰めることができる。その魔石は魔道具を動かす動力源となる。だからこの膨大な魔力と魔力操作があれば食ってはいけるのだ。
だが
「魔法……」
未練タラタラである。
将来は偉大な魔法使いになると信じて疑わなかった男の末路。人生第一部、完。なんてな。
「はあ……よっと、ん?」
それは偶然だったのかもしれない。立ち上がった際に目についた。
それは、あの成人の儀に気まぐれで読んでいた古代文明の魔法陣について書かれた『魔法陣による魔力伝導およびその魔法威力について』。
魔法陣魔法。
誰でも使えるが、普通の人が使うと魔力欠乏で瀕死に陥り、Sランクの魔力保持者でも次の魔法を使えなくなるほど魔力を消費する欠陥技術。
これなら……
「一度、魔法陣魔法を使って終わるか……」
パラパラとその本のページをめくり、火魔法の魔法陣が書かれているページを開く。ページの隅には『使用時注意』と一言。
僕はSランクの魔力保持者だ。魔法陣魔法でも一度は必ず使えるはずだ。ましてや火の基礎魔法。魔法陣の中でも魔力消費が一番低い魔法陣。
魔法陣に手をつけて、魔力を流した。
ボッ、と鈍い音が響く。
「おぉ……」
熱い、赤い、炎。
僕は今、魔法を使っているのだ。
視界が歪む。ご加護を得られなかった時は普通に残念くらいに考えていた。諦めた。諦めたと思っていた。しかし、やはり僕は魔法使いになる夢を諦めきれていなかったのだ……。
だって……魔法使いにならないことが、こんなにも悔しい……!
「なんで……僕に……魔法の加護を……」
くれなかったんですか、女神さま。
そして僕は、魔力の続く限りその炎を眺めようとした。頬を伝うその水を拭うことを忘れて、その炎を眺めた。
眺めた。
眺めた。
眺め続けた。
そのまま魔力を流し込み続けて……
「ん……」
気づけば夕方だった。あのまま寝落ちしてしまったようだった。涙が伝った跡に乾いた塩。
パリパリになった頬を擦る。
そして、炎。
「え」
魔法陣魔法による炎がそこにあった。
何故だ。簡単だ、魔力の供給が途絶えてないからだろう。寝てる間に僕の魔力がずっと絶えず供給され続けたのだ。
だがおかしい。魔法陣魔法による魔力消費は半端ないはずだ。魔力の多いものでも2度目は使えないほどの魔力消費を誇るほどの低燃費。その事実が間違っていることは絶対にない。論文でも証明されている。
消費の少ない基礎魔法とはいえ、寝ている間ずっと魔法陣に魔力供給を続けて虚脱感の一つもない。
ということは、だ。
「もしかして……」
僕の魔力量、ヤバくないか?