ともきの心情
俺がまだ幼かった頃、杏月姉ちゃんは俺達の為に、自分を犠牲にしてまで優先的に世話をしてくれた。
長男で男だとしても、俺達弟からすれば母親に近いそんな存在。性別は男なのに見た目に反して、可愛らしい女性の容姿。
女性はいないのに姉って何で??ってなるのは必然、皆分かってると思う。俺達に向けられる時の万遍の笑顔を見れば……。
家族でいる時、1日に何度も顔を覗かせるその笑顔は、まさに天使の微笑み。
だから決めたんだ。杏月姉ちゃんを守るって、そう決めていたのに……。また糞親父から杏月姉ちゃんを守る事は叶わなかった。
それどころか今まで自分達を守って貰ってた事に気付いたのは2年前の事だった。4人で狭いアパートのお風呂場に、皆で一緒に入っていた時に見てしまった。その痛々しいまでの姿を……。
元々全体的に幼い杏月姉ちゃんは、女の子のような身長、クラスの女子よりも小柄で華奢な体。
服越しからでも分かる程の細身。お風呂場で一番下のみずきの体を洗っていた時、ふと杏月姉ちゃんに視線落とした時、背中やお腹辺りに痣が無数にあり、普段見えない個所に多くの痣はあった。
普段から平然としてる姿に無理をしていたんだとそう察した時には、考えるよりも先に体が動き杏月姉ちゃんをギュッと優しく抱き締めた。
自分よりも年上なのに小柄で、俺が抱き締めるとスッポリと姉ちゃんが収まってしまう。俺が杏月姉ちゃんを抱き締めると、決まって小さく微笑んで弱音は絶対に吐かない姿に、俺の胸はヅキヅキして張り裂けてしまいそうに苦しかった。
俺は中学2年生に無事上がり、逸早く杏月姉ちゃんの役に立ちたくて様々な本を読み、知恵を入れた。杏月姉ちゃんをもっと楽をさせて上げたい一心で、猛勉強した。
クラスメイト達は、楽しそうに遊び回ったり、恋をして様々な青春を送っている事だろう。俺はそんな中でも勉強を優先した。
俺も何人か告白もされたが、どれも杏月姉ちゃん基準になってしまい、相手を傷つけないようやんわり誤魔化して断った。それでも後悔は微塵も感じない。
今の俺には杏月姉ちゃんの笑顔でなんでも出来るような気がした、そう例えるならどんな状況でも無限に力が漲り、迸る錯覚に陥った。
俺達が学校に行ってる時、また糞親父に暴力を振るわれていたらしく、家に帰って直ぐに杏月姉ちゃんの側で心配してると、俺は逆に諭されてしまった。
杏月姉ちゃんの包容力に、俺は敵わないなと思うもせめて優しく抱き寄せ、頭を撫でてやる事しか出来なかった。
数日が過ぎた夜、杏月姉ちゃんは家に居なかった。今までならご飯の準備していた姉ちゃんの影は無く、静寂が包む部屋。
俺が帰って来た時、ゆうじとみずきが玄関の外で、固まって2人して泣きじゃくって座っていた。普段なら玄関のカギは開いていたのにその日は、鍵が掛かったままだった。
直ぐに俺はドアのカギを開けると、2人を部屋に入れた途端、「ねえちゃんがいない……!」と2人とも泣き叫ぶ始末。
俺も泣きたいと思いながらも、2人を宥めるように諭していると、姉ちゃんの偉大さを感じた。取り敢えずどうすればいいか考えてると、ドアが勢いよく、開かれた。
慌てた様子で姉ちゃんは、俺達3人を心配していたのか泣きながら抱き締めてくれた。抱き締めてくれた杏月姉ちゃんに俺達3人も多分同じように抱き締め、その力は強くなっていたと思う。
後ろをふと見ると、漫画とかに出てきそうな芸術的ともいえる刺繍などが装飾された衣装を纏うイケメンと、高そうな黒いスーツを着ている執事らしき人が立っていた。
色々と姉ちゃんが手配してくれたらしく、また俺達は何も出来ず。
そして俺は驚愕で一杯だった。理由を聞くと、あの糞親父があろうことか杏月姉ちゃんをお金持ちに売り人身売買していた事に、苛立ちが募った。
それからというもの、この人達がお姉ちゃんを助けてくれたこと。立派な建物に連れられ、敷地内に入るとメイド服の人がずらりと並んで整列していた時は、漫画の世界に飛び込んだのかと錯覚してしまう程の、非日常的な異空間。
俺達は部屋に案内されるや否や、杏月姉ちゃんを無言で抱き締めていた。
俺達3人共、似たように抱き締めあっていたと思う。
お姉ちゃんは誰にも渡さないと俺は決意した、それからというもの爺やと言われる執事や皇帝陛下様から吸収出来るものは、とことん吸収してやると誓った。
姉ちゃんや弟達の為、これから頑張るぞ!!と思っていても、今夜も無防備な姿の姉ちゃんに、俺は起こさない様にくっ付いて、頭を数回撫でて寝る。このひと時が俺の密かに楽しみの1つ。
姉ちゃんは俺達のだ!!お金持ちだろうが、貴族だろうが、絶対に渡さない……!!と心の片隅で変な宣言をする。
こんな素敵な人はどこにもいない。俺は愛おしいまでの杏月姉ちゃんの寝顔を見て、寄り添い意識を手放した。
「杏月が可愛い!!」
「杏月の可愛い姿がもっとみたい!」
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