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71 久しぶりにジャズについて語る3 (ジャズとクラシックの関係について)

 ここ十年近くは一貫してジャズファンであった僕ですが、そんな僕にもクラシックに憧れていた時期があります。

 クラシック音楽の持つジャンクではない、高尚な雰囲気が、純然たる芸術と思えたのでした。

 その感覚は今でもあって、一ヶ月前、映画「ベニスに死す」を観たのですが、マーラーの音楽がBGMで流れ始めると、やっぱり「クラシックは芸術だなぁ」と、一瞬取り憑かれたようになったのでした。


 クラシックにハマっていた頃は、ジャズから離れて、渋谷の名曲喫茶ライオンに音楽を聴きに行ったり、御茶ノ水のディスクユニオンのクラシック館で、CDを二、三枚買ったりしていました。指揮者の名前も十人くらいは覚えていましたし、主にベートーヴェン、モーツァルト、シューベルト、バッハ、ワーグナー、ブラームスあたりの曲を中心に、毎日聴いていました。


 知り合いのオペラ歌手の出演するロッシーニのオペラを観に、新国立劇場に一度は行きましたし、クラシック関係のYouTubeを拝見したりと、それはそれで非常に楽しい毎日でした。


 半年から一年もの間、そんな感じでしたが、次第にジャズに引き戻されるきっかけは、一ヶ月間、ベートーヴェンの「運命」ばかり、指揮者を変えて聴き続けていて、ある時ふと「一ヶ月間、運命しか聴いていないな……」と疲れを感じたことでした。

 勿論、実際には他の曲も聴いていたのですが、演奏の違いを熟知することに必死になっていて、ひとつの曲に過度に固執していたことは否めませんでした。


 自分からそんな状態にしていながら、それがひどく苦痛になって、「やっぱりジャズの方が気楽でいいや」とクラシックを丸ごと投げ出したのでした。



 それが幸せだったのか不幸だったのか、今の僕には分かりませんけれど……。



 今でも時々、トスカニーニ指揮のワーグナー作曲「マイスタージンガー」の全曲のラストを聴きたくなります。あれは大変なものでした。CDを知り合いに貸している状態で、今すぐには聴き返せないのですが、オーケストラの格調高い演奏と神々しい合唱とオペラ歌手の生々しい歌声とが一体となって、恍惚とした高揚感に溢れ、聴いている側まで天にも昇りそうな勢いの名演だったことをよく覚えています。


 それと同じ頃、聴き始めたものでバッハの「ピアノ協奏曲」も大変な傑作でした。ピアニストはグレン・グールドで、指揮は、第一番がバーンスタイン、二番以降は他の方が指揮をしていたのですが、むしろ二番と三番の方が明るく活き活きと感じられて大好きでした。


 あとふたつ書き足すとしたら、それはカール・ベーム指揮のモーツァルト交響曲40番と、チェリビダッケ指揮のシューベルト作曲「グレイト」です。


 熱心なクラシックファンではないので、こんなところで恐縮ですが、僕のわずかなクラシック鑑賞期間の最高の拾得物といえば、この4枚でした。



 さてジャズファンに戻っても、僕はどこかでクラシックの魅力を忘れていませんもので、ジャズを聴いていて、おやっこれはクラシックっぽいな、と思う曲に当たるとそれなりに嬉しくもなります。



 ジャズを聴いていて、とりわけクラシックを感じるのは、主にビル・エヴァンスとMJQのふたつです。クラシックを聴きたいのならクラシックを聴いた方がよっぽどいいと思いますが、もしもクラシックファンの方で、ジャズの中にクラシック的なものを発見したいと飢えていて、ジャズのCDやレコードを漁り、見つけられず苦しまれている方がいたら、とりあえずビル・エヴァンスの名盤「ポートレイト・イン・ジャズ」とMJQの名盤「ピラミッド」の一曲目「ヴァンドーム」と「ラスト・コンサート」の「朝日のように爽やかに」あたりを聴いてみることをお勧めします。



 ビル・エヴァンスの繊細なピアノからモーリス・ラヴェルの和音の雰囲気を感じ取るのは比較的容易なことだと思います。僕なんかは反対に、ビル・エヴァンスからモーリス・ラヴェルを聴きに行った方ですし、このあたりはすんなりと共通性を見出せることでしょう。



 またMJQの演奏からはバッハを感じ取ることができるでしょう。

 そもそもジャズとバッハはどこか似ていて、ジャズファンは大体、バッハが大好きですし、反対にジャズを聴いているとバッハを聴きたくなる時があります。


 ジャズ→バッハ

 バッハ→ジャズ


 このように繰り返して聴いている時があります。クラシックにハマっていた当時、あまりにもバッハが魅力的だったので、同時代のバロック音楽家であるヴィヴァルディの曲を聴いてみたいのですが、これはあまりジャズっぽくありませんでした。



 バッハとジャズとの同じ感覚とは、お聴きになった方ならたぶん説明しなくてもお分かりになるとは思いますが、ひとつの楽器が奏でる高速で短いシングルトーンに高揚させられるところ、それが他の楽器のフレーズと関わり合いながら互いに交錯してゆき、多重に関係し合った立体的な音楽空間が創出されるところ、やたらフレーズを反復するところ、どこかあまりメロディアスではない器楽的な世界観が展開されているところだと思います。



 反対に、バッハとジャズが似ていることがひどく嫌になる時もあります(別にバッハは悪くないけれど)僕がクラシックを聴きたくなるのはそもそもジャズに聴き飽きた時です。そんな時にバッハを聴くと、あまり気分転換になりません。だって似ているんだもの。



 ところで、心からバッパーである皆様は、お分かりになると思いますが、たとえばトランペットのロングトーンでゆったりとメロディーを吹けば、美しいバラードが生み出されて、ポップス的あるいはクラシック的な印象の演奏が仕上がるのに、ジャズのバップが、短いシングルトーンを高速連射したり、タメたり、引き伸ばしたりするのは、独特のタメの効いたリズムを生み出すためでしょう。


 僕はジャズ=打楽器的だとは必ずしも思いませんが、ジャズが個々のリズムによる昂揚感を重視している点は、ジャズファンなら誰にも否定できないと思います。



 この点、バッハは演奏のリズムを、タメたり、引き伸ばしたりしないで、おそろしく整然としているので、どんなにバップのような音楽であっても(バッハがバップを繰り広げているわけは絶対ありませんけれど)観客がスウィンギーに踊り出したくなることはありません。

 その違いがジャズファンである僕にはかえって異様に感じられる時があります。そもそも音楽の父みたいなバッハの音楽に、グルーヴィーではない、異様に端正に構築されたジャズの印象を受けるのは誤認識も甚だしいものですが、今、自分は何を聴いているのだろうとわからなくなることがあるのです。

 クラシックファンの方には「可哀想に……。日頃、ジャズなんて駄菓子を食べているせいで、お子ちゃまにはラスクがお煎餅に見えるのね……」と嘆かれるところでしょうが、僕は生粋のジャズファンだからしょうがない……。


 試しにバッハの「管弦楽組曲第2番ロ短調」を聴いてみてください。ジャズファンも「あれ、これは……」と首を傾げつつ、唸ること間違いなしです。


 多くのことを書いてきましたが、ぶっちゃけると、バッハはスウィングしないからこそクラシックとして好きであり、バップはスウィングするからこそジャズとして好きなので、全然別物でいいのですね。なので、実のところ、バッハとジャズが似ていようが似てなかろうがまったく関係ない。


 だとするとジャズでありながらバッハっぽいMJQはなんやねん、という話ですが、これはバッハほど荘厳でもないし、普通のバップほどスウィングもしないけれど、それはたとえると、ちくわを食べたい時にちくわぶが出てきた時の不満であって、ちくわぶを食べたい時には初めからちくわぶが一番美味しいわけです。MJQを聴きたい時は、MJQを聴きたい時なのだと思います。それはMJQとしてまったく別な魅力を持っているものなのですね。


 MJQの魅力は、バロック音楽のように荘厳なものでもなければ、キレッキレのジャズ名演のような凄まじさもありませんが、四人の奏でる、素朴な……きわめて素朴な味わいのある音色です。それはつまり、我々の家庭がちょっと華やかになるという程度の美しい音色なのですが、その決して背伸びしないジャズを、家庭で珈琲を飲みながら、心から楽しめる、それくらいの淑やかな感じがMJQの魅力だと思います。


 MJQに興味を持たれた方には、名盤「ピラミッド」から三曲「ヴァンドーム」と「ジャンゴ」と「ローマン」をとにかくお勧め致します。

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