46 好きなもの1 (コルトレーンのジャズ)
好きなものをひたすら語るという企画をやってみたかったのですが、昨日はどうも筆が振るわなかったので、本日の朝、行おうと思いました。このエッセイの第一話には、僕の自己紹介があり、そこでは多くの「好きなもの」が紹介されています。その「好きなもの」の思い出と理由をひたすら語るという企画なのです。その第一回目はジャズを予定していました。
ジャズというと、好きな方もいれば、嫌いな方もいると思います。しかし、日本に一番多いのは好きでも嫌いでもない方だと思います。というのは、現在のジャズのあり方を考えるに、喫茶店や飲食店の店内BGMとしてかけられているという特性から、ジャズは日本人が無意識に慣れ親しんでいる音楽ジャンルでありながら、真剣に聴く機会がなく、具体的な演奏者を知らないし、面と向かって楽しんだことがないという状況が生み出されていると思います。
現在、日本のジャズはかなり危機的な状況にありまして、若い人がほとんど聴いておらず、六十代以上のリスナーがほとんどです。僕は現在、二十代なのですが、ジャズクラブやジャズ喫茶やCD屋などにいくと店主や常連さんに非常に歓迎され、可愛がられた経験があります。ジャズは本来は厳しく敷居の高い世界で、新入りはジャズ喫茶などでもすぐに追い出されたり、怒られたりするものでした。それが、ジャズ全体のこのような危機的な状況のせいで、若い人が興味を持つことを歓迎するムードにだんだん変わってきているのです。
実際に、僕がジャズ喫茶で出会った人の大半は六十代以上の方で、二十代のジャズファンというのには、ほとんど会ったことがありません。なので、これからジャズがどうなっていくのか、心配でもあるのですが、数少ない二十代のジャズファンとして今後も布教をしていく気持ちは充分にあります。
いきなり暗い話から始まってしまいましたが、ジャズ喫茶は減りながらもまだ日本には沢山あるし、六十年代や七十年代のジャズブームに青春していた方々が現役で活躍していらっしゃる現在、ジャズの精神を受け継ぎ、ジャズを味わうチャンスは日本に満ち溢れていると思います。
僕がジャズに興味を持ったのは、小さい頃、親にジャズ喫茶に連れていってもらったことがきっかけです。この時のマスターが、その十数年後にさらに親しくなるマスターなのですが、僕はこの時の体験をずっと覚えていたらしいのです。
そのせいか、僕にとってジャズという音楽は特別な存在で、曲は知らないのにジャズ風なピアノアレンジを聴くと、興奮したものでした。そんな中で、YouTub○でふと、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」の動画を見て、ジャズをもっと深く知りたいという気持ちになったのでした。それが大学生の頃です。
それで、好きなものを語るということですから、今日はジョン・コルトレーンというジャズの偉人の魅力を語りたいと思います。コルトレーンは、ジャズの神です。楽器は、基本的にはテナー・サックスとソプラノ・サックスです。
僕はこのコルトレーンという神を知って、ジャズの凄さを体験することになったのでした。それでコルトレーンが何者なのかということについて簡単にご紹介しますと、時代的には五十年代後半から六十代にかけて活躍したジャズミュージシャンで、当時、そしてそれ以降の日本のジャズ喫茶で神格化され、頻繁にかけられてきた、おそらく世界のジャズミュージシャンではもっとも有名な存在の一人です。
コルトレーンは、アフリカ系アメリカ人(黒人)で、もちろんアフリカにルーツがあるのですが、インドオタクになったことでも有名で、「インディア」とかいう曲もありまして、後半になるとなにやらよく分からない宗教性を帯びてきて、それがヒンドュー教なのか、イスラム教なのか、エジプトの神なのか、ユダヤ教なのか、よくわからないという状況になっていきます。その上、コルトレーンが「聖者になりたい」とか言ったという話があって、日本ではコルトレーンをもはや宗教の人格のように祭り上げてゆくという現象が起こっていったのだそうです。
コルトレーンの音楽には、宗教性が感じられるものがわりとあって、代表作の『至上の愛』は、まさにアフリカやインドの民俗性を取り込んで、宗教的なものを目指した作品だと思われます。
コルトレーンが亡くなるまでーーマイルス・デイヴィスやセロニアス・モンクのバンドで活躍し始めてから、十年ちょっとしか時間がなかったのですがーー彼は常に変化し続けたアーティストでした。
僕がコルトレーンを好きになったのは、わりとジャズを聴き始めてすぐの頃で、コルトレーンという人物が有名らしいぞ、というのは、CD屋さんのジャズコーナーなんかに行くと、どうしても気がつきますよね。
コルトレーンのジャズをはじめて聴いてーーヴィレッジヴァンガードのやつーーこれは凄くかっこいい、ハードボイルドな感じのジャズだけど、僕が思っているビル・エヴァンスのあの感じとは違うな……と思ったことを覚えています。なんかハードすぎるんです。有名な「マイフェイバリット・シングス」も良いとは思いませんでした。
それで、好きになったのは、ジャズ喫茶に行きたいけどまだ勇気がでない頃に、川越をぷらぷらしていまして、お店でイヤホンで音楽を聴きながら、コーヒーを飲んでいたのですがーー擬似ジャズ喫茶体験をしていたーーまあ、ちょっとコルトレーンも聴いてみるかな、と思って、とりあえずヴィレッジヴァンガードのやつを最後まで聴いてみたんですよね。なんか、真剣に聴きすぎず、ながら聞きだったのですが、これが上手くいきました。あれ、なんか悪くないもんだな、と思いました。
その後、ジャズ喫茶にいくようになって、マスターにコルトレーンをリクエストしたんです。その時に「マイフェイバリットシングス」をリクエストしたのですが、マスターはアルバム「セルフレスネス・フィーチャリング・マイフェイバリットシングス」の「マイフェイバリットシングス」をかけてくれた。それが度肝を抜かれるほど凄かったんです。実際に抜けた度肝はどこかに行ってしまいました……。あまりにも大音量で演奏も凄まじかったので、先程までリラックスしていた女性のお客さんがすぐに帰っていきました。よくあることなのですが、マスターの闘志に火がつくと、ジャズファンではない方は気まずなって、帰ってしまうことがあるのです。
それはともかく、コルトレーンを強烈に意識するようになったのはこの時からでした。
現在、コルトレーンの演奏で、特に愛聴しているのは『至上の愛』『ブルートレイン』『ライブ・アット・ザ・ヴィレッジヴァンガード』『セルフレスネス・フィーチャリング・マイフェイバリットシングス』『スターダスト』『ライブアットバードランド』『アット・カーネギーホール』『ジャイアントステップス』あたりでしょうか。
今では、コルトレーンはバラードなんかも好みで聴いています。『スターダスト』は特におすすめです。
それでコルトレーンの中でもおすすめなのは『至上の愛』ですね。僕は、この作品がコルトレーンの代表作であることを知って、あえて二年ぐらい、封印していたんです。美味しいものは取っておこうというアレです。ジャズを聴く耳がちゃんと成長した時にちゃんと聴こうと思っていました。ところが、ある時に『至上の愛』を聴いたら、どんなに凄まじい演奏が始まるのだろうと思っていたのに、あれ、こんなん……と非常に拍子抜けをしました。つまり『セルフレスネス』の「マイフェイバリットシングス」のように強烈なサウンドが始まり、コルトレーンが叫ぶように吹きまくるものと思っていたのが、むしろ静謐な感じで、全体にじっくりとしていて大河の流れのようなものですから、僕はいいと思いませんでした。それがまた一年ほどして、3番目の曲は激しいし、マッコイ・タイナーのピアノが絶好調で好きだな、と感じるようになりました。またしばらくして、この音楽は全体的にクオリティーが非常に高くて、なによりもコルトレーンの深淵な世界に浸るにはもっともふさわしい音楽なのじゃないか、と感じるようになりました。今では、非常に大好きなアルバムです。




