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5 言葉について

 言葉の美学というのは、もう語り尽くされた気がする。しかし、言葉というものは移ろい変わるものだし、まして、口語のようなものは、いくらでも変わってゆくもので、今年使っている言葉が来年には古びてしまう。『源氏物語』も『枕草子』も、当時の口語と伝えられるが、今では読める人は少ないだろう。そんなことについて、少しばかり語ることとしたい。

 しかし、この流麗な音調の美は今でも愛されていて、人はよく、これらの古典文学を音読し、現在の文学に取り込もうとする。僕は尊敬している谷崎潤一郎先生は、その代表だったという気がするが、それでも、源氏物語の方がずいぶん優美である。僕が思うに、優美な文体というものは平安時代が最高潮なのだ。そして、それ以降は、どんどん武骨になる一方だったのだ。平家物語では、源氏物語的な流麗さはかなり薄れ、漢文調の簡潔なリズム感が活きてきている。よく考えると、軍記物だから当たり前といえば当たり前だが。何よりも、重大なのは、文語体から口語体への転換が起こった明治時代だった。その象徴的な例は「けり」や「たり」である。これを現代語に訳すと「〜た」になってしまう。ところが、この「た止め」自体が、発音的にまったく優美ではない。た止めがいかに優美でないかは、次の文を読んでくれれば分かるだろう。

 まずは、源氏物語の原文。冒頭部分。



 いづれの御時(おほんとき)にか、女御(にょうご)更衣(こうい)あまたさぶらひたまひける中に、いとやんごとなき(きわ)にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。



 なんという音読したくなる美文だろう。さて、次に、多少、優美さを残せるよう意識して、た止めを避けつつ、現代語訳してみた。訳したのは、僕である。



 それは、いつのことでしょうか。大勢の女御や更衣がいらっしゃる中、特別に高貴な家の出でもないのに、帝のご寵愛を受けて、今をときめいていらっしゃる方がありました。


      『源氏物語』冒頭部分 Kanによる 適当 現代語訳



 下手くそな意訳で申し訳ないが、これが、まだしも流麗なバージョンとしたら、あえて、た止めを多用して、プツプツと切ると、



 それはいつの時代のことだったか。大勢の女御や更衣がいた。その中に、特別に高貴な家の出もないくせに、帝のご寵愛を受けて、今を時めいていらっしゃる方がいた。



 すみません。何か変えすぎました。なぜか、センテンスを区切って敬語をなくしただけで、た止めをあまり増やせませんでした……。(そんなことよりも、これは適当な意訳ですので、受験生は絶対に参考にしないでください)

 まあ、良いだろう(よくない)。た止めが武骨で粗野なことぐらいはこうした文からも感覚的に伝えられただろう。しかし、現代語というのはた止めの束縛を離れて、ほとんど成り立たないのが現状である。つまり、現代人は上手くた止めと付き合っていかなければならない。その代わり、た止めは、漢文の簡潔なリズム感とは結びつきやすい印象がある。ちなみに、漢文といえば、やはり格好良いのが体言止め。しかし、これも現代語ではやりにくい。



 ……いつものことながら、話が脱線しているので、本来のテーマである『言葉』に戻そう。言葉が変わるというのは悲しいものだ。文語体は廃れて、そのためにいくつかの美が崩壊した。確かに口語体は、さらに自由になって、小説を飛翔させた。それでも、源氏物語の流麗な美や、漢文の躍動感は現代人には再現できない。失われた言葉も多い。作家は、小説の生命は永遠だと思って書いているのだろうけど、実際には江戸時代の文章でさえ、現代人は苦労してようやく読む始末だ。そして、読解に苦労しているうちに、その文を味わうような心の余裕はなくなってしまう。新しい言葉は生まれてくる喜びと、古き言葉が失われる悲しみを同時に味わっている気がする。

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