プロローグ 3
主人公の説明をするといったな!
説明である、質問投げてくる生徒のほうがはるかに優秀なんだけど俺が講師である。
いやー理解が早い、早すぎる、はやいってのはどんな事でも怖いね!こっちの言う事先読みしたかのような質問とかね、注文した品が即出てくる飯屋とか、真夏の炎天下に半日置いた豆腐とかも怖いね、俺リニアとかも怖いし、新幹線でも怖いし、何であんな速度で定刻ぴったりとか出来るのさ、中ミシミシいっちゃってるよ。
いかんいかん、ちょっと現実から逃げてたよ。
スムーズな会話が出来るようになって以降、こちらの知識や記憶をまるっと持っている我さん改めヌシ様は説明に困るような難しい質問をぶつけてくる。
主に感情や精神面、俺の記憶を見たところで何が起こったのかはわかっても、その時の感情なんかは感情を持っていないと理解できるものじゃない、そしてその時どう思ったか、なんて同じ人でも違うのだ、女の子に踏まれて屈辱と感じるかご褒美と感じるか、大きな違いだろう?極端な例過ぎるかな。
記憶の映像をイメージとして見せられて、このとき何を思ったのか?感情の動きはどうなのか?ってこれ実は俺がメンタルテスト受けてるんじゃないかな。
だから容赦なく俺の黒歴史となった時代をイメージで見せないで!泣いちゃうよ?深夜にテンションあがってフハハハハ!とかマジ許してください!その翌日寝不足で告白して玉砕したんです、ってみせないでー!
まぁ、とにかく我さんは感情や精神、己と他者との関わり等に興味を示す、我さんをヌシ様と呼ぶようになったのもその結果である。
はじめのうち我さん、我様などと呼んでいたのだが、家族や個を識別する為に名をつける、という話をしていたときの事だ、
――― 我にも名は必要だろうか
うん、名について考えたときから来ると思ってたんだこの展開。
統合された知識と認識、そこで判った事、今話してる我さんと飛沫の我さんは正確には同じ個体とは言えないのだ。
我さんは全部我という呼び方をしたが、俺の世界の認識でいけば我さんが本体で飛沫の我さんはその分体、もしくは子機といった感じだろうか。
本体から飛立った飛沫はこの異界を漂い、力を失った時点でその飛沫としての形を失う、形を失った飛沫は霧散してこの異界に漂う靄となるのだ。
この靄は本体である我さんの下へと漂い帰還し、やがて飛沫の記憶を持ち帰って吸収される。
探査機の母船と子機、俺が持ったイメージはそれだった。
――― レージの持つイメージからすると我は母なる存在なのだろう? であれば名は必要と考えるが
レージ、俺の名である、いつまでも汝では違和感があって背中がむず痒く感じたのだ、汝とか呼ばれ慣れてないし。
児玉礼司<こだまれいじ>享年34歳、ブラック気味の企業に勤める地味な独身サラリーマンであった、というだけで俺を語れてしまう、ちょっと靄の向こうで泣いてきていいかな?
俺に名付けとか無理ですからね?そんなセンスないし、俺からみれば我様は創造主とでもいうべき存在で、実際にはそんな手垢の付いた呼び名の存在よりもっと上位の存在なんです、そんな存在に名を付けるとか矮小な小市民には畏れ多くてできませんよ。
ということで名は無理なので呼び方を変えましょう、我様のことをこれからはヌシ様と呼びます、飛沫の我様の方は飛沫様か飛沫さんで、これでヌシ様と飛沫様という認識になります。
――― ヌシ、記憶だといろんな意味があるが、良かろう、我も姿を魚にでも似せるか?
なんでそっちにいきましたか、俺に釣れとでも言うつもりですかね?
――― 八本足や十本足、蛇みたいなのでも良いが、冗談、というものだ。 これでいいのだろう?
応用利きすぎで俺の胃に悪いです、って魂のままじゃ関係ないか?ああでも幻肢痛という事もありうるか。
しかし姿を似せるってそんな事も出来るんですね、今の姿の全体像すら俺には想像も付きませんけど。
――― 今の姿であるならこんな物だな
不意に流れ込んでくるイメージ、この異界に漂う靄の中で一際赤くそして黒い巨大な靄の集合体、全体で言えば球体に近いがゆっくりと波打つかのように形を変えていく、ご丁寧にイメージの左上にLIVEの文字がある、良かった、まだ直視できる姿だった。
――― そういえばレージの記憶に似たような存在がいくつか在ったな
ああ、あの海産物嫌いの猫スキーさんを筆頭とした創作群ですね。
――― 真似て見るか?
やめてくださいお願いします。
未知の恐怖より理不尽な恐怖である、俺の記憶を知り、感情を知ったヌシ様だ、俺の正気度を失わせる位容易い。
――― レージ、アレを見るといい
ぼーっとしていたら突然ヌシ様が俺の向きを変える、身体ごと捻られる感覚。
前方、詳しい距離はわからないが結構遠いのだろう、薄くなった靄の向こうに淡く光を発する球体が見えた、この位置から見てもかなりの大きさだというのがわかる。
――― 新しい飛沫が発つ、そこから見えているのは1つだが他の位置から7つが別方向に発つ事になる
――― あの飛沫達には内部に意思ある存在が構築された場合、定期的に情報を集めるよう指示してある、今後の飛沫は全て同じようになるだろう
飛沫の旅立ち、これからあの飛沫はこの異界を漂い続けることになる、全ての飛沫が内部に世界を創るわけではないという、だが一度世界が構築されればそこには何かが生まれるだろう。
生前神の存在など信じたことも無い俺が、まさか今こうして、新たな神と世界を生み出すかもしれない飛沫の旅立ちを見送る事になるとはなんとも妙な気分である。
飛沫は音も無く薄靄の中を進み、やがて靄の向こうへと消えていった。
今回旅立った飛沫もいつの日かヌシ様の元に情報を持って返るだろう、だがそれはひとつの飛沫が、ひとつの世界が終焉を迎えたという事でもある、それを考えるとなんともやるせない気持ちになった。
主人公の過去は儚い
次回プロローグ完結のはず