今日も聖女は叫ぶ!「覚えてろ!恨みは絶対忘れない!!」
「―――やった…やったぞ!魔王を倒したぞ!!うをおおおおおっ!!」
瓦礫の中で、汚れ傷つきよれよれの勇者が剣を振り上げ雄叫びを上げた。
途端に、手にしていた勇者の剣が宙に消えた。
魔王が座していた玉座は、魔王と共に瓦解した。舞い上がる粉塵が晴れた時そこには魔王の姿はなく、禍々しい王冠と豪奢なマントが落ちているだけだった。
仲間たちは勇者に走り寄り、涙涙で称え合っている。
でもね、聖女の私はぼんやりと、崩壊した玉座を眺めて突っ立っているだけだった。
みんなには見えなかったの?倒したって…気づいてないの?
あれは、ただ単に魔王の印の王冠とマントを放り投げて逃亡しただけじゃないの!?あの土埃の中を、あいつが逃げて行ったのを、私以外は誰も見てないの? ちょっと!
それにしても貴方たち、飛び上がって喜び合えるほど元気って、どういう事!?ほんの先ほどまで、私に向かって「回復を!!」と膝をついて哀れな声で乞うていたじゃない?その上、私が手にしていたポーションまで奪い取って。
倒れそうな聖女の私ではなく、どうして元気一杯の精霊使いを抱き寄せてるの?そこの間抜けな勇者様。
私は冷めた目で皆を眺め、彼らが熱に浮かれている内に王冠とマントを鞄に回収した。指摘してあげるほどの、気力も体力も残っていないわ。
「聖女よ!どうした?」
「…大丈夫…魔力が切れそうなだけ…」
「そうか。では、皆!国へ帰ろう!!魔法使いよ、先触れを!」
「おう!」
羽でも生えてるんじゃないの?って感じの軽やかさで、みんなは魔王城を後にした。
私は疲れの残る身体を引きずりながら、彼らの後を追った。
王都についた私たちを待っていたのは、国中の民が集まったのかと思えるほどの人の山と歓声、そして長らく見ることの叶わなかった王の笑顔だった。
王からのお褒めの言葉を賜り、長い凱旋祝賀会が終わり、これでやっと肩の荷が下りてゆっくりできるわ~と神殿の自室に帰ってみたら。
なんと、私物がまとめて荷造りしてあった。それもだ、聖女として神殿に迎え入れられた時から用意されていた数多のドレスや、婚約者の王太子から贈られた貴金属のすべてが消え失せていた。
私は痛む足を叱咤し、大神官の元へと走った。
「どういうことですの!?私の部屋を勝手に!」
この時の私の怒りは、『私物を私の許しなく勝手に触るな!勝手に選別して荷造りするな!』の二点だった。引っ越しの様な状況自体には、全く怒りはなかったのだ。
だって、魔王を倒して帰国したら、すぐに王太子との婚礼の儀が待っていると約束されていたから。引っ越し先は、王城奥の離宮。これから、部屋の荷物は離宮へ運ばれるんだと、思っていた。だから、その点に関しては気にしなかった。
が、部屋へ突入してきた私に、大神官は胡乱な視線を向けた。
「なんだね?勝手にとは。もうお前の役目は終わったのだよ?すでに聖女ではない。だから、さっさと出て行ってもらいたいのだが?」
「それにしても急ぎ過ぎです…まだ王太子殿下とも、きちんとお話を―――」
「お前は何を言っている!?殿下とお話し!?」
「ええ、婚儀の予定を―――ー」
「馬鹿も休み休み言え!なぜ王太子殿下がお前と婚礼なぞするか!殿下には、すでに王太子妃がおるわっ!先達ての謁見の時にお会いしただろう!」
「え……?」
――――確かに、王太子殿下の横に、とても愛らしい女性が寄り添っていたのを見た。ただ、私はまだお目にかかっていない王女様のお一人だと思っていたのだ。王太子殿下よりずっとお若い方だったので。
「明日には神殿を出て行ってもらう。今夜はそのまま部屋を貸す。さっさと部屋へ戻れ!」
その言葉に、私は絶句したまま茫然と大神官の部屋を出た。のろのろと足を進め…自室だった部屋へ着いた途端、気を失うように眠りについた。
夢かな…?夢よね?明日、城へ行って確かめましょう!疲れと衝撃が、私を泥の様な眠りへと引き込んだ。
で、結果。
私は、婚約解消されていた。
理由は、私があまりにも年を取り過ぎていたから!!そんなもん、わたしの所為じゃない!!勇者があちらこちらへふらふら女の尻を追いかけ回していたから、魔王城への到着が遅くなったのだ!挙句、途中で雇い入れた妖精使いと結婚だぁ!?
王は私に向けて金貨の詰まった小さい袋を投げつけると、まるで煩いとばかりに手を払った。すぐに脇に控えていた騎士たちに両腕を拘束され、城から追い出された。
「こんな国!滅びろ!!」
***
「いいの?これを返されたら、俺は暴れちゃうよ?」
「どーぞ!あ、ただし、勇者の国だけにしてもらえる?」
「ああ、元々はあの国を滅ぼすためだけに暴れてたんだよー」
「え?…なぜ?」
「なぜって、当たり前だろう?俺たちは何もしてないのに、何度も勇者を送り込んで防衛しかしてない兵を殺すは、城を壊すは…。王の俺が怒らないで誰が怒るんだよ」
ここは最果ての地。誰もどこの国も領土にしていない、古代神の樹海。
でも、この樹海の向こう側には、ちゃんと国があった。国名は、イスフェニア魔国。魔人族と呼ばれる人々が、人族から虐げられて逃げ延びた先で作った国。
そりゃ、魔国の王だから魔王だわよねぇ。
私が樹海の入口近くにある集落に住み始めて半年を過ぎた頃に、ひょっこり顔を見せに来たのが、あの逃亡した魔王だった。
なんでも、樹海の中には色々な国の人達が隠れ住んでいる集落が点在していて、その人たち相手に魔族は商い交流をしている。その時に、魔族の商人が元聖女が住み出したと王に知らせたのだそうだ。
私の持つ力は、只の魔族じゃ適わない。なら、魔王直々に様子見に来たと。
魔王は、私が聖女だと確認したことで、魔王城での決戦の時に逃亡したのがバレたのか?と、数日かけて探ってみたが、なんだか普通に生活を始めているし――――どうなってんの?と。
私は、確かに魔王が逃げて行ったのを目にしたが、それを勇者に伝えなかったと告げた。
だって、滅茶苦茶疲れていたし、あれ以上また戦闘やら探索やらと言われても動けなかった。あいつら、全員で私を酷使してたからね。ちょっとのかすり傷で「治せ」だ、自分が零した酒で汚れた服を「綺麗にしろ」だと、私を家事女中かなんかだと思ってるのがありありと感じた。
いいえ!この耳で聞いたわ。
聖女と言うのは、処女を失うと同時に聖女の力を失う。それゆえに王族に嫁がされて(つまり、確実に処女を失う)、次の聖女を待つ。
だから、女好きの勇者を筆頭に仲間として従って来た野郎どもは、私に手を出せなかった。加えて、王太子の婚約者だしねぇ。
旅の途中の宿で、酒を酌み交わしながら言い合っていたのを、私はそっと扉越しに聞いていた。
『夜の相手もできない女だ。なら、使える時は使おう!侍女がいると思えばいいさ』
そんなことを言う野郎どもに、命を懸けてまで協力する気力は失ってたのよ。
「酷いもんだな―!」
「挙句に、年を取り過ぎたから王太子妃にはできない、ときたわ。連絡も寄こさず、さっさと隣国の王女を娶っておきながらよ!でも良かった~バカに身を任せたりしないで。はい、これは返すわね」
王冠とマントを鞄から取り出し、魔王の手に渡す。
「マントだけのつもりだったが、慌て過ぎて王冠まで落としてしまって困ってたんだ。感謝する」
「勇者も間抜けだけれど、魔王様もあわてんぼうですのねぇ」
照れたように頭を掻きながら忘れ物を受け取る魔王を見て、私は久しぶりに笑った。
「聖女、君は笑顔が似合うよ。いつも笑っていて」
「腹立たしいことばかりが続きましたから。まだ、自然な笑顔を思い出せないのです」
「では、俺が腹の底から高笑いさせてやろう!待っていてくれ」
「はい!」
私が王都を去って二年後、魔王は復活の宣言をした。
勇者たちの手によって破壊の限りを尽くされたはずの場所に、また魔王城が建った。
「あれはね、魔王城じゃないんだ。第一防衛線の砦だ。勇者だけじゃなくて、他の国の人族が領土を狙ったり、樹海に逃れた自分達には都合の悪い者たちを亡き者にするために攻めて来る。その為の防衛砦だが、それを勝手に魔王城と称して勇者が来る。困ったものだよ」
困ったと言いながら、魔王の顔は笑っている。彼の力で、簡単に砦は復旧できるのに。
りっぱな砦が完成したところで、私はえい!っとばかりに強力な結界を砦にかけた。武骨な石造りの砦を、キラキラ輝く結界が取り巻く。
「おお!凄いな。だが、似合わないなー」
確かに似合わない光景に、魔王と私は大笑いした。
***
その頃、王と王太子は真っ青な顔で、大神官相手に怒鳴り散らしていた。
「どどど、どういうことだっ!!聖女降臨の神託がないとは!」
「わかりませぬ…どんなに神に祈っても、全く神託が降りて来る気配がありませぬ…」
「ま、魔王が復活したのだぞ!なにを悠長に……せ、先代大神官はどうした!?何か知っておるやも知れん!!早急に聞き出せ!!」
大聖堂で上げる怒鳴り声は、荘厳な室内に似合わない焦りと危機感に満ち溢れていた。だが、それも大神官とて一緒だった。
いつもなら魔王復活の声と同時に、神からの神託が降りる。どこの誰が聖女であるかの。そして、その聖女が勇者の剣を顕現し、それを抜き取ることができる者を勇者と定める。前勇者も生きてはいるが、一度剣を握り、魔王を倒した者は、再度剣を握ることはできない。
それよりも、聖女が存在しなければ勇者の剣は現れない。
大神官は、混乱の極みにいた。
前回の神託が、彼にとって初めての仕事だった。二度目にしてまさか神託すら降りないとは、思いもよらなかった。すぐに神殿の神官全てを呼び出し、即祈りの間に入いると全力で祈りを捧げた。
その夜、寝入りばなを叩き起こされた前大神官は、田舎の教会の聖堂で王の使いを迎えた。
厳しい顔で王からの登城を申し付けられ、慌てて着替えると向かいの馬車に飛び乗った。一体何が起こったのか、と迎えの従者に問いかけたが、従者は口を噤んだままだった。
「陛下…一体どうなされました!?」
城へ到着するなり王の執務室へ案内された前大神官は、苛立ち怒気を放つ王と王太子を見て驚いた。
「どうもこうもないわ!魔王が復活したと言うのに、神からの神託が降りん!聖女なしでは勇者もみつけられん!」
「それは……現大神官殿はなにを?」
「今も神官全員で祈りの間に篭っておるっ。お前は、なにか原因を知らぬか?」
前大神官は、過去に2度の神託を受け、きっちりと聖女を見つけ出した。代々の大神官が受け継いで来た教えを忠実に守り、何事もなく神事を終えた。
ただ、今回に限り気になることと言えば――――。
「魔王の復活が、いつも以上に早く感じますが…私なぞよりも王妃様にお聞き――ーおおっ、これは失礼を申しました。お許しを」
言いかけた自分の失言に、慌てて跪いて許しを乞うた。
王の妃は、第二王子を産んですぐに儚くなった。耄碌していて、忘れていたと冷汗をかいた。
「よい。それよりも何故に王妃にと?」
「それは、聖女に関する神託は、元聖女様にお聞きする方がよいかと…」
「―――そうか、困ったのう。その王妃はもうおらんし…」
「それならば、確か前回の聖女さまが殿下のお妃だったと覚えておりますが?」
「おらん!」
「はぁ!?」
前大神官は、何を言っているのだ?と言わんばかりの訝し気な視線で、王を見上げた。
「あの者は年を取り過ぎておった。あまりに遅いから隣国の姫を娶った」
「では…その前聖女様は?」
「すでに聖女の役目を終えておる。使えぬくせに煩い女だった。怒鳴りつけてさっさと野に放ったわ!」
「……」
前大神官は、呆然として開いた口が塞がらなかった。
この王は、どうにかしてしまったのか!?と、内心で焦り困惑した。
なぜ、王家が役目を終えた聖女を王妃や皇太子妃として迎えるのか、知らないのか!?と。
そして、自分の想像があっているなら、この国に聖女は現れることはないと知る。すでに魔王が復活しているというのにだ。
「今の大神官が判らぬことを、私には…皆目わかりませぬ。聖女のことは聖女様にお聞きする以外は…」
それだけを告げ、前大神官はさっさと城を辞去した。馬車を急がせ田舎へ戻ると、そのまま家財を纏めて国を出て行った。後には、村長宛に書かれた「真実と避難の提案」の置手紙だけが残されていた。
よく日、雲一つない真っ青に晴れた空を、真っ黒に染めるほどの魔族の大群が押し寄せて来た。
王城に掛けられた弱体した結界など一払いで打ち破り、一日で王城は瓦解した。
もうもうと砂埃の立てながら崩れ行く城を見上げ、王都の民たちは震えあがった。王族が殺された後は、今度は自分たちの番だと。
しかし、魔王は王と王太子と大神官の首を入城門前に晒すと、さっさと軍勢を引き連れて帰って行った。その間中、天から女の高笑いが王都中に響いていたのを、民たちははっきりと耳にしていた。
これ以降、この国には聖女も勇者も現れず、自らの手で神の恩寵を捨てた狂った王族に支配された国として噂された。民たちは、神に背いた国に住むことを厭い別の地へと逃れ、心ある貴族たちも他国へと去り、最後は隣国に攻め込まれて国名は消え去った。
「いい気味!ざまあみろ!」
誤字を訂正しました。12/5