私は騙されないわよ、絶対に!!
被害者宅を辞して駅方向へ歩きだす。
住宅街のせいか、歩いているのは家族連れが多い。
ふと、和泉と2人並んで歩いている自分達は、他人の目にどう映るのだろうかと考えてしまった。
そんな結衣のしょうもない妄想を打ち破るように、
「彼女、どういう学生時代だったんだろうね」
と、和泉がいきなり言い出した。
なんで学生時代の話に?
ああ、そう言えば被害者とは同級生だと言っていたっけ。
「そりゃ……イジメには遭わなかったと思いますよ。だってきっと、彼女の父親のことは皆知っていたでしょうから……」
「父親のことを逆手にとって、クラスに女王として君臨していたのかもしれないね」
その可能性は高い。
というか、どちらかだろう。
子供の性格にもよるが、クラス中を牛耳る立場になるか、いじめられるかのどちらか。
結衣は最近の学生事情をよくは知らないが、スクールカーストなるものがあるらしい。
親の職業や年収、肩書き、外見……様々な要素が絡み合って、権力を握る生徒がおり、従う生徒がいる。
「それよりうさこちゃん、彼女の話は、どの程度真実だと思った?」
「え、和泉さん。彼女が嘘を言ってると思っているんですか? 何かそんな兆候でもありました?」
先ほどの遣り取りを思い出してみるが、嘘をついている人間に見られる独特の兆候のようなものは見られなかった気がする。
「まぁ、これは僕の印象に過ぎないんだけど……ところで、今何時?」
結衣は腕時計を見た。午後1時半である。
「そろそろ、お昼にしようか」
駅前には色々と飲食店があったが、結局、全国展開しているファミレスに落ち着いた。
「彼女……被害者が浮気して、他の女と同宿してたこと知ってたのかな……」
和泉が左手で箸を持っていることに、今さら結衣は気がついた。
「たぶん、私たちから聞いてピンと来たんじゃないですか? だって、北海道に行くって嘘をついてたわけだし」
出張と称して浮気相手と旅行する時、わざと反対方向や関係ない場所を引き合いに出すのは、常套手段だろう。
「だよね。この手のことに関して、女性の勘は刑事並みだもんね」
和泉は可笑しそうに言う。
それから、
「僕の印象だから必ずしも当たってるとは限らないけど、彼女、若尾の方から熱心に口説いてきたって言ってたよね? 本当なのかな」
妙な事を言う。第一、そんなところを疑ってどうするんだろう。
「なんでです?」
「なんとなく、だよ。彼女の話し方とか仕草とか、こっちを見る目とかね、まぁ言ってみれば男好きのする……普通の男はちょっと引くかな、っていうタイプに見えた」
言われてみれば確かにそんな気もする。
「有名な劇団の女優さんだったって言ってたよね。けど、自分で看板女優でした、なんて言う? それも、それなりに名の知れた劇団で」
そういうことか。
なんとなく彼女の話を聞いていて、モヤモヤしていた理由がわかった。
和泉は続ける。
「自己主張が激しくて、かなり自己顕示欲の強い人間だよ、あれは。まして父親はヤクザでしたとか、普通は言わないよ……私が彼の人生を狂わせた、なんて芝居じみたこと言ってたけど、あれが演技ならたいした大根役者だね」
そうかも。
「僕なら、よほど何かの特典でもない限りは付き合いたくないタイプだな」
結衣は手を止め、思わず真っ直ぐに相方の顔を見た。
「……なに?」怪訝そうな顔をされる。
「和泉さんって、女性に対してシビアっていうか、厳しすぎません?」
前から思っていた。
すべてがそうだとは思わないが、男性はわりと単純な人が多い。
特に口の上手い美女にはすぐ騙される、という公式が結衣の中で出来あがっていた。だけど和泉だけは、どうもその公式に当てはまらない。
「まぁ、身近にとても素敵な女性が何人かいるせいかな」
和泉はにこっと笑って答えた。
「もちろん、うさこちゃんも含めて、ね?」
「え……?」
騙されちゃいけない、騙されちゃ。
なんだけど……どうしてだろう。
心臓がドキドキ高鳴っている。