三毛猫なんとか……?
駿河は黙って猫の後をついていく。
後ろから、やや怪訝そうな様子の相方がついてくる。
やがて三毛猫はとある民家の傍で止まった。古い木造住宅がひしめき合う場所で、細い路地は人が1人やっと通れるかどうかという狭さである。
それから猫はとことこと狭い路地の奥を進み、にゃあと一声鳴いた。
「あら……?」
物陰から女性の声が聞こえた。鼻の詰まったような声だ。
三毛猫が駿河達の方に誘導するように歩きだすと、声の主の姿がはっきりとこちらにも見えた。
「待って、猫ちゃん……」
そう言いながらあらわれたのは、御柳亭の仲居である奈々子であった。
フルネームは知らない。ただ、彼女が美咲と親しいことぐらいしか。
天然パーマだという髪は天然の赤毛である。
彼女はなぜか、目に涙を浮かべていた。
「……駿河さん?!」
結婚式を目前にして美咲と連絡が取れなくなった頃、駿河は何度も彼女の職場へ足を運んだ。
女将はもちろん、美咲と親しい相手には、片っ端からどういうことなのかと詰問した。
誰も答えてはくれなかったけれど。
奈々子もその一人だ。
彼女が詳しいことを知っているであろうことは、その様子からすぐにわかった。
でも言えない。
その苦悩を色濃く表にあらわしていた彼女を問い詰めることは、とうとうできないままでいた。
「少し、お訊きしたいことがあります……」
駿河が話しかけると、隣に立っていた若い刑事が視線だけで『知り合いですか?』と訊ねてくる。
そうだ、と無言の内に答えたが伝わっただろうか。
奈々子は硬直している。
駿河はポケットから被害者の顔写真を取り出した。
「この男性をご存知ですか?」
「……」
しばらく返事はなかった。
「あなたが、この男性と親しげに話をしていたという目撃情報があります。奈々子さん。ニュースをご覧になりましたか? 実は……」
「何も知りません!!」
彼女は和服の裾を翻し、急ぎ足で去って行ってしまった。
※※※※※※※※※
一通りの儀式が終わり、少し自由な時間が取れることになった。
もともと数えるほどしか参列者はいなかったが、葬儀にまつわる用事はいろいろと多い。
それでも、少し休んでいいと言われてやっと解放された。
「ありがとう、ビアンカ。最後まで手伝ってくれて」
美咲は後片付けまで手伝ってくれる友人に礼を言った。「ねぇ、何か急ぎの用がなければ家に寄って行って。何か用意するから」
「ありがとう~。実は、お腹が空いてたの」
ビアンカは屈託なく笑う。美咲もつられて笑った。
それから実家に帰る途中のことだった。
向こうから三毛猫のプリンがとたとた走ってきた。
にゃ~ん、と鳴いて美咲に飛びついてくる。
「プリンちゃん。こんなところまでお迎えに来てくれたの? ありがとう」
抱き上げると猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
「きゃあ、可愛い!!」
ビアンカが嬉しそうに声を上げる。
「うちの子なのよ」
友人は青い眼を輝かせて、手を伸ばす。
可愛い……と呟きながら、彼女は猫の頭を優しく撫でた。
「あなたもお腹が空いたでしょう? ちょっとだけ待ってね……」
その時だった。
「美咲さん……」
名前を呼ばれて美咲が顔を上げると、向かいに奈々子が立っていた。
葬儀の間は喪服を身に着けていたが、今は普通の洋服に着替えている。
「奈々子さん、お疲れ様」
しかし彼女はそれには返事をせず、
「あの、お願いがあります!!」と、頭を下げた。
「え……?」
「もし、警察の人が私のことを何か聞いてきても……何も知らないって言ってください!! それと、私しばらくお休みをいただきますから……」
美咲に何か問う隙を与えず、彼女は走り去って行った。




