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そういう名前の猫なんだ

 いつ頃からですか、という問いよりも先に彼女は話し続ける。


「あの人、ちょっとおかしいのよ。御柳亭っていう旅館知ってる? ここから数百メートルほど行った場所にある旅館」

「知っていますが……」

「あそこの経営者と、ここの経営者。なんでも平安時代ぐらいからずっといがみ合っていたんですって。笑っちゃうわよね。時代錯誤もいいところ」


 その話なら駿河も知っている。

 美咲から聞いたというよりも、駐在としてこの島にやってきた時、交番長から聞かされたのである。

 

 平成のこの時代にもなお、そんな話が残っているのか……と、驚いたものだ。


 そしてまた、両家の間に埋まり切らないほど深い溝があるらしいことも。


「ちらっと聞いた話だけど、実は古くからの知り合い同士らしいわね」

「誰と、誰がですか?」

「だから、亡くなった人とうちの若旦那」


 仲居は短くなった煙草を灰皿に押し付け、煙を吐いた。

「世間って広いようで案外狭いのよ。ああ、そう言えば……やぁね、しゃべり過ぎて喉が乾いちゃった」

 すると。

 すくっ、と隣に座っていた若い刑事が立ち上がり、急ぎ足で自動販売機の方へ向かう。


 ほどなくして彼はペットボトル入りのお茶を3本買って戻ってきた。


「あなた、気がきくわね」

 仲居は嬉しそうに微笑んで、お茶を一口飲んだ。


 駿河は驚くと同時に感心していた。こういう器用さというか、さりげなく上手に立ち回るのは、自分にはあまりできない芸当だからだ。


「それと。私、見たのよね……このお客、チェックアウトした後に忘れ物しててね。すぐに気がついたから、後を追いかけたの。そしたら……」

「そうしたら?」

「御柳亭の若い仲居と、随分親しげに何か話し合ってたわよ」


「……名前はご存知ですか? その仲居の」

 まさか、美咲ではないだろうな。

 駿河の胸の内に不安がよぎった。


「確か、奈々子とか呼ばれていたわ。若くて細い女の子。赤毛でね……」


 駿河達は情報提供してくれた仲居に礼を言い、面倒なので斉木には挨拶をしないまま【白鴎館】を後にした。


「……これから、どうします?」自分より若い刑事は問う。

「ガイシャと話していたという仲居を探す」

 わかりました、と返事がある。


 主体性がないと言えばそうだけれど、素直だと言えばそうだ。


 駿河が一歩歩きだした時、足元にふわりとした感触がまとわりついた。

 不思議に思って視線を下に向けると、見覚えのある三毛猫がくるぶしにまとわりつき、甘えた声でにゃ~んと鳴いた。


「……プリン?」

「いや、それどう見たって、食べ物じゃなくて猫……」


 そういう名前の猫なんだ、と駿河はしゃがみ込んで三毛猫の頭を撫でた。


「どうしたんだ、こんなところで。もしかして主人と一緒にこっちに来ているのか?」

 美咲によく似た、彼女の弟の顔が頭に浮かぶ。


 三毛猫はくるり、と身体の向きを変える。それからちらりとこちらを見る。


 猫だから何か言葉を発する訳でもなく、無言のまま歩きだす。


 ついてこい、と言われているような気がした。

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