いつものことだから、もう慣れたわ
そうね、と答えてから美咲はふと考えた。
それほど長くない付き合いの中で、美咲はビアンカがとても鋭く、深い洞察力を兼ね備えていることに気付いていた。
それでいていつも人に気を配り、思いやりのある優しい女性である。
彼女と友達になれたのは本当にありがたいことだと心から思う。
「ビアンカ、寒くない?」
受付は建物の外にある。今日は朝からひどく気温が低く、足元に小さなストーブがあるとはいえ、やはり寒い。
「大丈夫よ。それより……」
「どうしたの?」
「あそこにいる彼女、なんだか顔色が悪いわ」
ビアンカの視線を辿って行くと、そこに奈々子がいた。確かに顔色が悪い。
冷え性だと言っていたから、寒さのせいだろうか。
美咲は友人に断りを入れてからその場を離れ、奈々子に近づいた。
「奈々子さん」
呼びかけるとびくっ、と奈々子は驚いた顔で振り向く。
「顔色が悪いけど、どうかしたの? もし体調が悪いのなら……」
「な、なんでもないです! 大丈夫です!!」
奈々子はそれだけ答えて、ささっと走って行ってしまった。
何があったのだろう?
その細い後ろ姿を見送りながら、美咲は彼女と出会った時のことを思い出していた。
今から3年ぐらい前だろうか。
美咲のお気に入りでかつ、たくさんの思い出がある弥山のとある場所で彼女と初めて会った。
その時、奈々子は自殺しようとしていた。
見晴らしのいい場所で、綺麗な景色を眺めながら死にたい……。
ダメ!!
美咲は彼女を止めた。
かつては自分が同じことをしようとしていて、止められた記憶を思い出しながら。
話を聞けば彼女は、仕事と恋人を同時に失ったということだ。
両親は既に他界しており、頼れる人もいない。生きていても仕方ないから。
そこで美咲は仲居の仕事を紹介した。ちょうどその時、ベテランの1人が辞めてしまったこともあった。
初めは少し迷っていたが、どうせ死に切れないのなら……と彼女は申し出を受け入れてくれた。
そしていざ働き始めると彼女はとても有能だった。細かいことによく気付くし、動きが機敏だ。若いから体力もある。
面倒な仕事にも文句一つ言わないで、しっかりとこなしてくれた。
奈々子は思いがけない優秀な人材だった。
まだ若いから、他に就職先もあるかもしれない。そう考えたら手放したくなくて、つい人一倍気を遣ってしまう。
だけど……。
どうしよう?
するとそこへ、
「ここはもうええけぇ、お前は朋子の私物を整理しとけ!」
太鼓腹を揺すりながらやって来たのは伯父であり、社長である寒河江俊幸である。
「……はい。ロッカーでしょうか?」
従業員用ロッカーのことだろうと美咲は思っていたのだが、
「家の中じゃ!! あいつが家に持ち込んだもんがようけ(たくさん)あるけぇの、整理しておけ!!」
そう言えば……。
噂だと思っていたが、どうやら真実だったらしい。
美咲の実家には朋子が住んでいると。
女将は毎晩旅館に泊まり込みだし、伯父はどこでどう過ごしているのか知らないが、夜は滅多に家に帰ってこない。
寒河江家が古くから住んでいる日本家屋には、社長の愛人である米島朋子が我がもの顔で暮らしていたらしい。
「勝手に捨てるな。済んだらすぐにワシに報告せぇ!! ええな?!」
伯父は勝手なことを言い放つと、大股で葬儀会場に戻った。
「……何よ、あれ?!」
ビアンカは怒っている。
美咲はもう慣れているので、いちいち腹も立たない。
「ごめんね、後をお願いしてもいい? どうせ、もう誰も来ないと思うけど……」
美咲は葬儀会場を離れて、実家に戻った。




