交番のお巡りさんは【地域課】っていうんだぜ
絵里香の熱が下がらない。それなのに母親は不在だ。
年内の仕事は既に終わったらしいが、年末から年始にかけて新しい彼氏と東京へ旅行に行くらしい。
年明けまで帰らないから、と現金をいくらかとクレジットカードを置いて出かけていったのは昨日の話である。
当然ながら、電話はつながらなかった。
智哉は昨夜ほとんど眠ることができなかった。
妹を医者に診せ、薬も飲ませたのだが、なかなか熱が下がらない。
何度となく携帯電話に手を伸ばしかけて、躊躇しては溜め息をつく。
そんなことを何度も繰り返している内に、ブルブルと携帯電話が震えだした。
智哉はドキドキしながら通話ボタンを押した。
「も、もしもし……?」
『智哉、絵里香の具合はどうだ?』
頼っていいのかどうか、未だに悩んでしまう相手。友永の声が聞こえた。
どう答えようかと少し黙っていると、
『良くないんだな? すぐそっちに行く』
え? と問い返すよりも前に電話が切れた。
それから本当にすぐ、友永はやってきた。
「今回の帳場が宇品東署だったのは幸いだったな」
無精髭を剃っていない、いつものいでたちでやってきた刑事は、絵里香のすぐ傍に膝を着くと、その小さな額に触れた。
「熱が下がらないのか。かわいそうにな……」
眠っている妹が、少し微笑んだ気がした。
「友永さん、お仕事は?」
「今日はもう店じまいだ。それより、お前何か食ったか?」
実を言うと買い物に行く余裕もなくて、冷蔵庫にはほとんど何もない。
いいえ、と答えると、彼は再び外に出て、食べる物を買ってきてくれた。
「明日はちゃんとしたもん、食わせてやるからな」
そう言えばこの人、ちゃんと料理ができるんだったっけ。
智哉はぼんやり、そんなことを考えていた。
「そうだ、智哉。正月はどこに行きたいか決めたか?」
すっかり忘れていた。
というか、それどころじゃなかった。
友永は笑って、
「まぁ、絵里香が元気にならない限りはな。けど、どこだって連れて行ってやるからな。車もあるし、任せておけ」
はい、と笑って答えておいてから智哉はふと考えた。
どうしてこの人は、こんなにまでしてくれるのだろう……?
空になった弁当のパッケージを片付けている友永に、智哉は思い切って疑問をぶつけてみることにした。
「あの、友永さん……」
「なんだ?」
いざとなると言葉が出ない。
どうしてそんなに優しくしてくれるんですか? 僕が亡くなった息子さんと同じ名前だからっていう理由だけなら、もう充分すぎるほどいろいろしていただきました。
「どうして……」
結局、声になったのはそれだけだった。
「お前さ、和泉って知ってるだろ? 和泉彰彦」
知らない訳がない。はい、と返事をすると、
「あいつなんてな、優しいからっていう理由だけで、何の遠慮も躊躇いもなく、父親だと思ってる上司に甘えまくってんだぞ。それだって元は他人同士だぞ? お前も少しは見倣え」
「……はい」
それから智哉はふと、思い出したことがあった。
絵里香を命がけで助けてくれた、あのおまわりさんのことを。
「あの、交番のお巡りさんって……何課っていうんですか?」
友永は不思議そうな顔をした。
「こないだ絵里香を助けてくださったお巡りさん。怪我までさせちゃって……お礼を言いたいんです」
「どんな奴だった? 調べておいてやるよ」
智哉は覚えている限りの特徴を話した。
「それから、もう1人……背が高くて、明るい髪色をした男性なんです。この方も一緒に助けてくださったんですけど、絵里香が会いたがってて……」
長めの髪を一つに結んでいるのが印象的だったと話すと、なぜか友永は微妙な表情をした。
それでも、任せておけ、と言ってくれたので智哉はその通りにすることにした。




