表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/175

どうして思い出させるんだ

 あ、そうだった。

 廿日市南署に電話をしなければ。


 電話がつながった途端、

『たいへんなことになりました!!』

 担当者は悲痛な声を上げた。


 所轄からの報告によれば、米島朋子が自殺を図って救急搬送されたとのことである。


 一瞬だけ、誰だったかと不思議に思ったが、思い出した。


 宮島の旅館の仲居頭であり、横領犯並びに殺人未遂で逮捕、拘留されている女性だ。


 彰彦、と息子の名前を呼びかけて我に帰る。

 とにかく、急がなければ。


 搬送先は県警本部から少し離れた市民病院だと聞いた。聡介も急いで外に出、タクシーを捕まえた。


 和泉のことが心配でたまらなかった


 ※※※※※※※※※


 手術中のランプはなかなか消えない。

 和泉はベンチに腰かけ、頭をかき回した。


 容疑者が自殺した。


 その事実は和泉に、不愉快で悲しい記憶を思い出させた。


 忘れたいのに、時々思い出しては苦しくなる記憶。


 いっそのこと大声で叫び出したい。


「和泉さん!」

 和服姿しか見たことがないので、一瞬誰なのかわからなかった。


 容疑者である米島朋子の勤め先である、旅館の女将。寒河江里美だ。

「朋子さんは……?」


 和泉は黙って首を横に振る。

「いったい何が……?」


「わかりません、今は何も」

 今は、そう答えるのが精いっぱいだ。


 里美は和泉の隣に腰を下ろした。

「実は先日、主人が面会に行ったのです。サキちゃん……美咲と一緒に。やめた方がいいと言っても、私の言うことなんて聞く人ではありません」


 そんなことがあったとは知らなかった。


「……なぜです? 何が彼女をそうさせたんですか。美咲さんと、彼女のお母さんが何だと言うのですか?」


 ずっと長い間、気になっていたこと。


「私も人伝てに聞いただけですから、真相のほどはわかりませんが、噂では、朋子さんはサキちゃ……」

「大丈夫ですよ、伝わりますから」


「彼女のお父様にずっと、片想いしていたそうなんです」


「それを、美咲さんのお母さんに横取りされた、と怒り狂っているわけですか。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということですね。美咲さんもいい迷惑だ」

 余計なことを言った。


 少し後悔したが、もう引っ込められない。


 それからふと、ついでとばかりに訊ねてみることにした。


「女将さん。あなたはどうして……社長と結婚なさったのですか? こう言ってはなんですが、あなたほど若くて綺麗な女性なら、いくらでも良い話があったことでしょう」


 里美は首を横に振る。

「私には選択の余地なんて……ありませんでした」


「まさか、身内に犯罪者でも?」


 返事はない。


「……すみません、余計なことを言いました」


「父は政治家……でした」

 小さな声で返事がある。


「そうですか。ところで、美咲さんに連絡は?」


「……まだです。報せるべきかどうかも、悩んでいます」


「報せないでいたらきっと、怒ると思いますよ?」


 里美ははっと立ち上がり、携帯電話を片手に小走りに向こうへ移動した。


 彼女と入れ違いに聡介が血相を変えてやってくる。

「彰彦!!」


 ひどく気遣わしげな視線が、今は少しばかり鬱陶しく思えてしまう。


 放っておいてくれ。


 そんなこと、口にはできないけれど……。



 その時、手術室のドアが開いた。


 医師は首を横に振りながら、

「できる限りの手は尽くしました。あとは本人の生きる気力です」


 ありがとうございました。

 和泉は頭を下げてから、医師が立ち去るのを見送った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ