どうして思い出させるんだ
あ、そうだった。
廿日市南署に電話をしなければ。
電話がつながった途端、
『たいへんなことになりました!!』
担当者は悲痛な声を上げた。
所轄からの報告によれば、米島朋子が自殺を図って救急搬送されたとのことである。
一瞬だけ、誰だったかと不思議に思ったが、思い出した。
宮島の旅館の仲居頭であり、横領犯並びに殺人未遂で逮捕、拘留されている女性だ。
彰彦、と息子の名前を呼びかけて我に帰る。
とにかく、急がなければ。
搬送先は県警本部から少し離れた市民病院だと聞いた。聡介も急いで外に出、タクシーを捕まえた。
和泉のことが心配でたまらなかった
※※※※※※※※※
手術中のランプはなかなか消えない。
和泉はベンチに腰かけ、頭をかき回した。
容疑者が自殺した。
その事実は和泉に、不愉快で悲しい記憶を思い出させた。
忘れたいのに、時々思い出しては苦しくなる記憶。
いっそのこと大声で叫び出したい。
「和泉さん!」
和服姿しか見たことがないので、一瞬誰なのかわからなかった。
容疑者である米島朋子の勤め先である、旅館の女将。寒河江里美だ。
「朋子さんは……?」
和泉は黙って首を横に振る。
「いったい何が……?」
「わかりません、今は何も」
今は、そう答えるのが精いっぱいだ。
里美は和泉の隣に腰を下ろした。
「実は先日、主人が面会に行ったのです。サキちゃん……美咲と一緒に。やめた方がいいと言っても、私の言うことなんて聞く人ではありません」
そんなことがあったとは知らなかった。
「……なぜです? 何が彼女をそうさせたんですか。美咲さんと、彼女のお母さんが何だと言うのですか?」
ずっと長い間、気になっていたこと。
「私も人伝てに聞いただけですから、真相のほどはわかりませんが、噂では、朋子さんはサキちゃ……」
「大丈夫ですよ、伝わりますから」
「彼女のお父様にずっと、片想いしていたそうなんです」
「それを、美咲さんのお母さんに横取りされた、と怒り狂っているわけですか。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いということですね。美咲さんもいい迷惑だ」
余計なことを言った。
少し後悔したが、もう引っ込められない。
それからふと、ついでとばかりに訊ねてみることにした。
「女将さん。あなたはどうして……社長と結婚なさったのですか? こう言ってはなんですが、あなたほど若くて綺麗な女性なら、いくらでも良い話があったことでしょう」
里美は首を横に振る。
「私には選択の余地なんて……ありませんでした」
「まさか、身内に犯罪者でも?」
返事はない。
「……すみません、余計なことを言いました」
「父は政治家……でした」
小さな声で返事がある。
「そうですか。ところで、美咲さんに連絡は?」
「……まだです。報せるべきかどうかも、悩んでいます」
「報せないでいたらきっと、怒ると思いますよ?」
里美ははっと立ち上がり、携帯電話を片手に小走りに向こうへ移動した。
彼女と入れ違いに聡介が血相を変えてやってくる。
「彰彦!!」
ひどく気遣わしげな視線が、今は少しばかり鬱陶しく思えてしまう。
放っておいてくれ。
そんなこと、口にはできないけれど……。
その時、手術室のドアが開いた。
医師は首を横に振りながら、
「できる限りの手は尽くしました。あとは本人の生きる気力です」
ありがとうございました。
和泉は頭を下げてから、医師が立ち去るのを見送った。