どちら様?
それから。
観光客が滅多に来ない裏道を歩き、ある曲がり角で周は1人の年配女性が蹲っているのを見かけた。
「大丈夫ですか?!」
杖を持っているから、足が悪いのだろう。
捕まってください、と周は肩につかまるようしゃがみ込んだ。
老婦人は遠慮がちに周の肩に触れ、そうして彼の顔を正面から見た途端、ひどく驚いた顔になった。
「……?」
「家、どこですか? ちゃんとお送りしますから」
「……さきこ……?」
老婦人はわなわなと身体を震わせながら、やがて泣きだしてしまった。
「どこか痛むんですか? お医者さんを……」
すると彼女は首を横に振り、
「すまんかった……!!」
この通りじゃ、と彼女はいきなり土下座しはじめた。
「どうしたんですか?!」
周はすっかり困惑してしまった。
まったく見知らぬ、今日初めて会った人に、こんなふうに謝罪されても。
しかし、確か『さきこ』と言ったような気がする。
それは周を産んでくれた母親の名前だ。
「しっかりしてください! とにかく、家まで送りますから」
周はほぼ強制的に老婦人を立たせ、肩に担いで歩きだした。
が、家はどこだろう?
「お家、どこですか?」
返事はない。
困ったな……と思った時。
「浅井さん?!」
向こうから料理人の着る白衣の上にジャンパーを羽織った男性が走ってきた。年齢は恐らく60代ぐらいだろう。
彼も周の顔を見た途端、驚きの表情を見せた。
「ほら、行きますよ」
男性は周の反対側から彼女の身体を支え、歩きだした。
家はすぐそこだった。
たたきのところに座らせ、とりあえず一息つく。
「何か手伝いますか?」
老婦人は首を横に振り、それから周を改めて見つめた。
「……咲子の……寒河江咲子の子供か?」
「はい。藤江周といいます」
誰だろう?
疑問符で頭がいっぱいになる。
すると彼女は、もう1人の料理人らしき男性に向かって
「八塚。お前、茶を淹れぇ」
そう言われた相手は慌てて靴を脱いで上がり、奥へ消えて行った。
周も中に上がるよう言われたが、時間が気になって躊躇した。
「お前さんの母親のこと……いろいろ話しちゃるけぇ」