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信じてもいいのね?

「ほうじゃ。こないだ、ワシに電話したのはどういう訳じゃ?」

 重森は携帯電話をつつきながら突然、そう言った。


「……坪井課長から何か頼まれたか?」


 聡介は咄嗟に何と答えたものか迷った。


 そうだ。県警の職員の中に、暴力団関係者と癒着しているという噂が流れている。


 その原因は情報漏洩である。

 もっぱら麻薬取引や銃器の密輸など、現行犯逮捕が望ましく、物証を得るのが可能な【ガサ入れ】が施行される予定が、どこからか暴力団関係者に漏れて、上手いこと逃げられる……そんな失態が続いたからだ。


 坪井課長は重森のことを疑って……いや、心配していた。


 彼が噂の的となっているからだ。


「いいえ、あの……」

 重森は今時ほとんど見かけなくなった、折り畳み式の携帯電話をパチン、と閉じると上着のポケットにしまい込んだ。


「ワシも、定年まであともう何年もない」

 突然、彼はそんなことを言い出した。


「シゲさん……?」

「あれじゃろう? 組対の中に、誰かヤクザもんとつながってる人間がおるっていう噂のことじゃ」


「いえ、組対とは……」

「火のないところに煙は立たん、ちゅうてな」

 重森はちらりとカップを見た。


 コーヒーのお代わりだ、と悟った聡介は急いで立ち上がり、再びレジに向かった。


「ワシは……もう定年まであと何年もない」

 新しく買ってきたコーヒーに口をつけ、彼は言った。


「坪井課長にはほんま、世話になった。ワシはあの人を尊敬しとる。迷惑をかけることなんて考えとうもない」

「それは……俺も同じです」

 重森は急に黙り込み、しばらくは何も言わなかった。


 聡介は黙って続きを待った。


「……県内に今、いくつ暴力団の勢力があるか知っとるか?」

 実を言うと詳しいことは把握していない。首を横に振ると、

「今のところ、一番勢力を伸ばしとるんは【魚谷組】じゃ。奴らはクスリに手を出し、流川の風俗関係を全面的に仕切っとる」

 その暴力団の名前はよく知っている。


 過去に何度か関わった事件において、何度か顔をのぞかせたことがある。


 残念ながら一度といえ検挙に至った例はないが。

 今時のヤクザどもは妙な知恵をつけていて、法の網目をかいくぐる方法を熟知している。


「その組の者の中に、ワシの顔見知りがおる」

「……!」


「刑事課におった頃、知り合った奴じゃ。奴はワシに、なんとかして組を抜けたいと相談に来たことがある。今もそうじゃ、時々連絡を取り合う。もしかしたらそいつと会っているところを見られて、噂を立てられたんかもしれんのぅ……」


 その可能性はある。

 彼は昔から面倒見が良いタイプで、刑期を終えて出所してきた前科者達に就職先を探してやるなどしてきた。


「お前さんも知っとるじゃろうが。抜けようと思って、そう簡単に抜け出せるものじゃないちゅうことぐらいは」

「……はい」


「特に今、実権を握っとる支倉ちゅう奴は……」

 彼はそこで言葉を切ってしまった。


「とにかく、何も心配せんでええ。ほんならな」


 残された聡介は何とも言えない気分で、カップに残ったコーヒーを見つめた。


 彼の言うことはどこまで真実なのだろうか?


 信じてもいいのだろうか……?


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