誰か、胃薬……胃薬をくれ!!
コーヒーはできるだけ濃い目で、砂糖とミルクたっぷり。
聡介は若い頃に覚えた相棒の好みをいまだに覚えていた。
あの頃は、お茶汲みが新人の仕事であり、先輩が飲みたいと思ったタイミングを上手く見計らってお茶を淹れることができなければデカじゃない、ぐらいに言われていた。
相手の表情、ちょっとした仕草、言葉の端にあらわれるもの。
嘘をついているのか、本当のことを言っているのか。
あくまで人対人の仕事だ。
心が読める訳ではないけれど、表にあわられるものだけがすべてだと思うな。
重森から教えられたことは数えきれない。
彼は実際、優秀な刑事だった。
頭が切れることに加え、誰よりも仕事熱心だった。
自分もいつかきっと、彼に追いつけるように……と、聡介は若い頃からひたすらそう願っていた。
「よう覚えとったのぅ、ワシの好みを」
聡介が買ってきたコーヒーを一口飲んで、重森は満足そうに言った。
「忘れたりしませんよ」
「お前さん、今は本部におるっちゅうたのぅ……」
そうだ。先日、久しぶりに電話で少し話した。
「はい。重森さんも、組対にいらっしゃるということは同じビルですよね? この春から本部付きになったのですが、一度もお会いしませんでしたね」
同じ県警本部に勤務していていも、聡介は捜査や何かで所轄に出かけていることが多く、顔を合わせたことがない。ちなみに捜査1課は3階、捜査4課は7階にある。
「……ワシは内勤じゃけん、あまり外に出んけぇの」
ちくり、と聡介の胸は痛んだ。
「あの、奥さんと……お嬢さんはお元気ですか?」
彼には妻と娘がいた。名前は知っている。
重森は一気にコーヒーを飲みすと、空になったカップを見つめて呟く。
「もう、おらん……」
おらん、とは【いない】の意味である。
「どういうことですか……?」
返事はなかった。
刑事なら察しろ、ということか。
いない、それはつまり存在しないということ。別れたという意味か。
どうやらあまり話したくないようだ。
「それよりも、お前さんの近況を聞かせろや」
聡介は努めて明るい調子で、今年の春から出会った新しい仲間達のことを重森に話した。
そう考えてみれば聡介が和泉と出会ったのは、重森が異動で他の所轄にうつってからだ。
重森はしばらく黙って聡介の話を聞いていたが、少し途切れた頃、微かな笑いを浮かべた。
「お前さん、自分達がだいぶ有名人だってことを認識していないようじゃのぅ?」
「え……?」
「ワシのところにも噂は届いとるぞ。所轄の刑事課を無視して、いつも好き勝手ばかりする、問題警官だらけの集団じゃってな」
当たっているだけに否定できない。
胃が痛くなってきた。
「ま、どんな集団にも毛色の変わったもんはおるけぇの」
毛色が変わり過ぎている。
というか、自分達の班がそんなに有名人になっているとは思ってもみなかった。




