お願いだから、何も訊かないでください。
おそらく、自分の悲鳴で目が覚めた。
びっしょりと全身が汗で湿っている。
……ここはどこだ?
半身を起こした和泉は、自分が見知らぬ部屋に寝かされていたことに気付いた。
もしかして病院?
いったい何があったというのだろう。
和泉は記憶を辿ってみた。
朝の早い時間、連絡があった。廿日市南署の警官からだ。
とうとう米島朋子が息を引き取った……と。
病院へ急いだ。夢中で走ったことを覚えている。
死なせてたまるか。
きちんとした裁きを受けさせ、土下座をさせて謝罪させるまでは。
簡単に死ぬ権利なんてない。
ずっと頭の中でそのことばかりを繰り返していた。
もう手遅れだなんてことは、考えられなかった。
だけど。
遺体を確認してからすぐ、和泉は刑事としてしなくてはいけないことを思い出し、そちらに集中することにした。
それは現在進行形の殺人事件の捜査ではなく、米島朋子が起こした殺人未遂事件及び、傷害事件について、である。
和泉は尾道へ向かった。
不本意ではあるが、今回の件は【被疑者死亡のまま書類送検】という形になる。その送検する書類を作成するため、被害者である優作から再度、詳細を事情聴取しなければならない。
そしてまた、あの旅館の松尾という専務にも。
仕事をしている間は他のことを考えなくて済んだ。
ただ。
被害者である夫に付き添い、時折心配そうにこちらを見る聡介の娘の視線が、正直言ってうっとおしかった。
親子なんだから当たり前だが、よく似ている。
顔立ちもそうだが、無言の内にこちらの内面まで見透かそうとするかのような瞳が。
ただの興味本位でも、下世話な好奇心でもない。
ひたすらこちらを案じている。それだけだ。どうしてあんな人に出会ったりしたんだろう?
誰もみんな、自分のことだけ考えて、自分のためだけに行動するのが当たり前なのに。
どうして、他人のことなんか気にするんだ。
尾道からどうやってこちらに戻ったのか、正直言ってよく覚えていない。
高速道路のインターを降りて、一般道を走り始めた時だ。
恐らく捜査本部は宇品東署に設置される。最初の捜査会議にどうにか間に合うように帰ればいいから、一度宮島に戻ろう。
何も告げず、ほったらかしにされたうさこはきっと、怒っているだろう。
そうだ、聡介に連絡をしておかないと。
和泉はいったん車を路肩に止め、携帯電話を取り出した。
先回の事件の折りのように、捜査から外れろとか加われとか、気まぐれみたいなことを言われない内に……なんとか両立できるように。
そう思ってダイヤルした時だ。
急に胸が苦しくなった。
まさか、何か大きな病気だろうかと不安になってしまう。
そんな訳はない。生活が不規則は不規則だが、それなりに健康には気を遣っている。
健康診断だってサボっていない。というより、強制的に受診されられるのだが。毎年数値の上では異常がない。
段々と気が遠くなっていく。
気がつけば、交通課の隊員に車の窓ガラスを叩かれていた。
「ここは駐禁じゃけんね。停車つったって、ほどがあるっちゅうもんじゃ」
何分ぐらい止まっていたのだろうか?
すみません、と答えて和泉はギアをドライブに入れようとした。
力が入らない。
「お兄さん、何しょうるんね?」
ブレーキペダルも踏んでいるはずなのに、ギアが動かない。
このまま運転したら事故を起こす。
そう判断した和泉は思い切って身分を明かし、誰かに車を取りにきてもらう手筈を取ることにした。
だが……。
携帯電話が手から滑り落ちた。
その後のことは覚えていない。




