それってたぶん、俺だけじゃないよね?
周は首を横に振って、それから長い間、放置していた携帯電話をチェックした。
特に目立ったことはない。
「そう言えば周……旅館の方で、何かあったの?」
「え? なんで」
「朝、何時頃だったかな。コーヒーを飲もうと思ってロビーに行ったら、例の刑事さん達を見かけたから」
「ああ、うん……なんかあったみたい」
周は目を泳がせた。
例の刑事、1人は和泉のことだろう。
賢司が和泉のことを良く思っていないことは知っている。お互い様だろうが。
そこへ。にゃ~ん、とめずらしく甘えた声で鳴きながらプリンがやってきた。
彼女はとことことこちらに向かってくると、賢司の膝の上で丸くなった。
彼は猫の背中を撫でながら優しく微笑んだ。
「ねぇ、周。どうしてこの三毛猫にプリン、なんていう名前をつけたんだい?」
「それは……」和泉さんが、と言いかけて躊躇した。
「もしかして、和泉さん?」
黙っていると肯定していることになるだろうか?
兄はふっと笑って、
「とても不思議な人だね、彼は。なんて言うのか、ものすごく強いようでいて脆い……安定しているようで、ものすごく不安定。支えてくれる人が傍にいないと、彼はきっとダメになってしまうね……」
驚いた。そんなふうに評価していたなんて。
周に言わせれば、和泉彰彦という人間はつかみどころがなくて、どこまで本気で、どこからが冗談なのかさっぱりわからない。
でもそれはもしかしたら、本心を隠すための鎧のようなものなのかもしれない。
何を考えているのか全然わからない。
それはつまり、心の奥底は明かしたくないということではないだろうか。
そう考えたら……何だかひどく寂しくなってしまった。
「周? どうしたの」
「なんでもない。俺、明日も早いから寝る……」
たぶん、今夜は眠れない。
※※※※※※※※※
『周君は、まだ起きてるかしら?』
里美が電話をしてきて、最初にそう言ったので、美咲は戸惑った。
午後11時過ぎ。
今日の営業はすべて終了し、一息ついたところだ。女将が不在の今日は、美咲が事務所で泊まり込みとなる。
彼女は今日、本土に渡り、自殺した朋子のことで警察の事情聴取を受けている。
「さっき、先に上がってもらって……お風呂に行ったけど、どうかしら?」
『もしできることなら、明日はもう仕事手伝わなくていいから……市民病院に来てもらうように伝えてくれないかしら? 私は、いろいろとこっちでしなくてはいけないことがあるものだから……』
「わかったわ。でもお母さん、どうしたの? どうして周君なの?」
しばらく返事はなかった。やがて、
『口止めされているから、ごめんなさい。周君ならきっと……来てくれるわよね』
「もしかして、和泉さんに何かあったの?」
『……ええ』
「必ず、行くように伝えるわ。お母さんも、無理しないでね……そうだわ、今夜はどこに泊まるの?」
『警察の方が取ってくださった紙屋町のホテルよ』
「朋子さんは、どうなるの……?」
『わからないわ。そこは明日以降、警察の方がまた説明だとか、事情聴取っていうの? いろいろと話を聞かれるそうだから』
本当はいろいろと聞きたいこと、話したいこともあったが、あまり負担になってはいけないと思い、美咲は電話を切った。