表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/175

笑いやがったな?

 周はとりあえず今日一日、旅館業に専念した。

 予約表を見る限り、明日はそれほど予定が詰まってはいない。


 もう上がっていいと言われて、周はまず風呂に行くことにした。ふと時計を見ると、昨日よりだいぶ早く終わったようだ。


 そろそろ冬休みの宿題もしないといけない。


 早めに風呂から上がって姉の実家に戻る。


 兄は大丈夫だろうか……?


 周が玄関のドアを開けると、猫達が走って出てきた。

「ただいま。賢兄は?」


 猫が返事をする訳もないが、周は2匹を腕に抱えて2階へ上がった。


 どうでもいいがこの家には人の気配がない。女将はいつも旅館の方に泊まり込みだと聞いたが、社長はどうしているのだろう?


「賢兄、いる?」

 客間の襖を開くと、賢司は持参したらしいノートパソコンを炬燵の上に広げていた。


「何してんの……?」

「仕事だよ。どうしても今年中に終わらせないといけない、やりかけがあってね」


 無理すんなよ、と言ってからパジャマに着替える。


「そういう君は、宿題は大丈夫なのか?」

 実を言うとあまり大丈夫ではない。


「今からやるところ」そう答えて、周はカバンから道具を取り出した。


 賢司の向かいに座りこんで参考書を広げる。


 とりあえず苦手な数学から始めよう。


 そう思って取りかかったが、しょっぱなからつまずいてしまった。


「どうしたの?」

「……最初の問題からわかんねぇ」

 茶トラ猫がくすっと笑ったような気がした。気のせいだ。


挿絵(By みてみん)


「どれ? 見せてごらん」

 周は兄の前に参考書をずいっ、と差し出した。


 しばらく彼は無言で問題を読んでいたが、

「これはね……」


 さすがに現役薬品研究者だ。理系に強い。そういえば学生時代、常に成績はトップだったという話を聞いたことがある。


 それから急に、懐かしさを覚えた。


 子供の頃はよくこんなふうに勉強を見てもらった。あの頃は、兄が自分をどう思っているのかなんて考えたこともなかった。


 時々わからなくなってしまう。


 優しいのか、そうじゃないのか。


「……聞いてるかい? 周」

「うん、聞いてる!!」

 いけない、集中しないと。

 聞いてないね、と笑いながら賢司はもう一度最初から説明してくれた。


 不明確だったところがクリアになったら、後はすらすら進めることができた。


「終わったー!」周は両腕を伸ばして溜め息を着いた。


「君のお母さんは理数系に強い、才女だったそうだよ」

 突然、賢司がそう言った。

 知らなかった。


「ふーん、じゃあ俺はそういうところは似なかったんだ」

 その遺伝子はかなり欲しかった。


「美咲も普通の両親の元に産まれていたら……もしかしたら、僕と同じ仕事をしていたかもしれないね」


 考えてみれば美咲がどれぐらいの学力なのか周は知らない。話している限り、少なくとも頭の悪い女性ではないことは確実だが。


 もし兄の言う通り、美咲がごく普通の家庭に産まれ育って、理系に進み、藤江製薬に就職していたとしたら。


 そうして兄と姉はごく普通に出会って、恋に落ちて……。


 自分はこの世に存在しなかったかもしれないけど。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ