あんな奴のところに、嫁になんて出すんじゃなかった!!
宮島に向かうとは確かに聞いていたが、まさかそんな情報を得ていたとは。
恐らく周が彼に連絡したのだろう。
だが。肝心の和泉は捜査会議に姿を見せなかった。どこへ行ったのだろう?
それに。
聡介にはもう一つ、気にかかることがあった。
犯人は恐らく、足の悪い人間……という鑑識からの報告。まさか。足の悪い人間なんて他にもいる。
だけど。
一度発生した疑惑は、濃い霧のようにどんどんと胸の内に広がって行く。
やめよう、考えるのは。
聡介は眉間を揉んで、ここからだと帰宅できるな……と考えていた。まだ広電は走っている時間帯だ。
署を出て歩き始めると、携帯電話が鳴りだした。長女からだ。
『お父さん。今、大丈夫?』
ちょうど声が聞きたいと思っていた絶妙のタイミングである。
「さくら……元気にしてるか?」
『私は元気よ。ただちょっと、優作さんが風邪引いてるぐらいで……』
「隔離しておけ」
くすくす、と笑い声が聞こえた。
『ねぇお父さん、今は……何か事件を抱えてるの?』
訳せば「正月はこっちに来られないの?」ということになる。
「ああ、すまない。今年こそは……って思っていたんだがな」
そう、という短い返事に失望の色が見て取れた。
「さくら……本当に、申し訳ない。俺は……今までだって……」
頭の中でいろいろ人間の言った、いろいろなことがぐるぐる廻る。
会議が始まる前、友永からあった連絡の内容はこうだった。
【娘が変質者に捕まりそうになって、どうにか事なきを得たが、すっかりショックを受けて熱を出した。産みの母親は連絡がつかない。傍にいてくれと泣きやまないから、せめて今夜ぐらいは……】
ふと、思い出したことがあった。
まだ聡介が所轄署にいた頃のことだ。
幼かった長女が年末に風邪を引いて熱を出した。ちょうどその時、市内で発生した強盗事件が大詰めを迎えようとしていた。
娘の傍にいてやりたい。
母親はまったくあてにならない。
聡介はどやされるのを覚悟の上で、当時の上司に少しの時間だけ、家に帰らせて欲しいと申し出た。
ところが。
そんなもん、母親に任せておけ。何のためにいるんだ。
娘が必要としているのは父親の方だ。
聡介は黙って捜査を抜け、帰宅した。
真っ赤な顔をした娘は嬉しそうな顔をしたが、すぐに寝てしまった。正確には寝たフリだったのだろうけど。
すぐに戻るからな。
娘の熱い額を撫でて、何度もごめんな、と呟いた。
それから捜査に戻った聡介は、何か言いたげな上司の視線をできる限り無視した。それでもその件に関して不問だったのは、当時の課長がとても理解ある人だったからだろう。
今でも感謝している。
『お父さん、どうしたの? 何かあったの……?』
「いや、なんでもない……」
少しの沈黙が降りた。
『私ね、年末になると思い出すの。お父さんが一番忙しい時に、私が風邪を引いちゃって……無理して家に帰ってきてくれたこと』
まさか、同じことを思い出しているとは思わなかった。
『嬉しかったよ、すごく。でもね、お父さん。無理はしないで。お正月に会えないのは寂しいけれど……少し落ち着いたらまた会えるでしょう?』
「さくら……」
『お正月とかお誕生日とか、クリスマスとか、そんなこと関係ないの。お父さんと一緒に過ごせる日が、私にとって一番大切な日だから』