なんで僕にも連絡してくれなかったんだ
『広島港男性死体遺棄殺人事件捜査本部』と戒名の書かれた捜査本部が、宇品東署の会議室に設けられた。
聞き込みを終えた刑事達が続々と集まってくる。あと30分ほど後に捜査会議だ。
駿河はコンビを組んだ所轄の刑事に挨拶をした後、班長の元に報告へ向かった。
「ただ今、戻りました」
「ああ、お疲れさん。何かわかったか?」
なぜか上司は機嫌が悪そうだった。
意外とこの人は、内心が顔に出る。
「これと言った目撃情報は出ていません。ただ、午後7時30分宮島口着のフェリー乗り場付近の防犯カメラに姿が映っていました」
「宮島口? 宮島に渡ろうとしていたのか」
「それがどうも……方向から言って、宮島から本土に渡ってきた様子でした」
「宮島から本土に?」
班長は不思議そうな顔をした。が、
「まぁ、詳しいことは会議の後だ。それよりも……」
ぐるりとあたりを見回す。
「お前、何か知ってるか? あのバカ2人がどこで何をしてるのか」
バカ2人とは恐らく、和泉と友永のことだろう。
和泉が上司の指示を待たずにうさこを巻き込んで出かけたこと、友永が突然、聞き込みの途中で姿をくらましたらしいことは駿河も聞いている。
和泉はともかく、友永はいったいどうしたのだろう?
そう思った時に駿河の携帯電話が鳴った。
「駿河です。ああ、友永さん……」
言っている傍から、だ。
すると、無言の内に駿河の携帯電話は班長の手によって取り上げた。
「……友永君? 君、ずいぶんと好き勝手な真似をしてくれてるそうじゃないか……え……?」
はじめは額に青筋を立てていたのに、段々と声の調子が変わっていく。
「……そうか、わかった。無理はするな」
何があったのだろうか。
「今夜ぐらいは傍にいてやれ。ただし、お前の代わりはどこにもいないからな」
班長は溜め息をつきながら、携帯電話を返してきた。
「どうかしましたか?」
恐らく、あの兄妹に何かあったに違いない。
しばらく返事はなかった。
それからややあって、
「なぁ、葵。俺達は男だからわからんのだろうか? 母親の気持ちっていうのは」
突然、妙なことを訊く。
何と答えたものか駿河が迷っていると、
「自分が産んだ子供を愛せない女性は、果たしているんだろうか……」
「よく、わかりません」
それしか言えない。
班長は暗い顔をして、それから物想いにふけってしまったようだ。無言になる。
そこへうさこが、ものすごく疲れた顔でやってきた。
どういう訳か彼女1人だ。
「班長、駿河さん……お疲れ様です」
「和泉さんはどうしたんだ? 君1人か」
上司が黙ったままなので、駿河が代わりに声をかけた。
「それが和泉さん、黙ってどこかに行っちゃったんですよ。携帯はつながらないし、女将さんも突然、飛び出して行っちゃったし……」
「女将さん? どこへ行っていたんだ」
「宮島の旅館です。そう、班長。ガイシャなんですけど……」
「どこの旅館なんだ?」
思わず駿河は、彼女が上司に報告しようとしたのを遮ってしまった。
すみません、と謝って口を閉じる。
「実は……」
うさこから話を聞いた駿河は、ものすごく複雑な気分になった。
被害者が宮島の『御柳亭』に宿泊していて、客室係を担当したのが、手伝いでやってきていた周だった。それはいい。
夕食時に突然、被害者が出かけて行ったまま戻らなかった。
連れの女性がいたが、警察への届け出を拒否していた。
そのことを周が和泉に連絡した。
つまらない嫉妬心だ。
周にとってはやはり、自分よりも和泉の方がより大切な存在なのだろうか。




