今日は非番で、たまたまお買い物の途中だったのよ。
すると。
警察官は弾かれたようにポケットから手錠を取り出し、男の両手にかけた。
負傷しながらも、その動きは鮮やかだった。
誰かが通報したらしい。
ほどなくして同じ紺色の制服を来た警察官が走ってきて、変質者を連行していく。男が無事パトカーへと押し込まれたのを智哉は見届けた。
心臓がバクバク言っている。
ひくっ、と腕の中で絵里香がしゃくりあげる。
そして火がついたかのように大声で泣き出した。
「大丈夫、もう大丈夫だから……ね?」
智哉が必死で宥めても、妹の泣き声はますます大きくなるばかりである。
「泣かないで、もう大丈夫だから」
掠れた声でそう言ってくれたのは、助けてくれた警察官だ。
手で抑えている傷口から血が流れている。
救急車のサイレンが聞こえてきた。
そうして彼は救急隊に担がれ、運ばれてしまった。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
そう言って声をかけてきたのは他の制服警官である。2人いた。
どちらもまだ若い男性である。
「少し……お話を……聞けますか?」
はい、と答えたいところだったが、絵里香の泣き声が大きくて話にならない。
制服警官達も困った顔をしている。
もしも友永がいてくれたら、きっと……。
智哉はそう考えたが、年末の忙しい時に、とすぐに遠慮が頭をもたげた。
「保護者の方に連絡は取れますか?」
そうだ、母親。
智哉は頷いて携帯電話を操作した。
呼び出し音は鳴るが、かなり長い時間応答がない。
この頃、こんなことが多い。
着信拒否されているのではないか、そんなふうにすら勘ぐってしまう。
その時。
いきなり視界がやや暗くなったかと思うと、背が高くて身体の大きな男性が智哉のすぐ傍に膝をついていた。
「ねぇ、彼女。名前なんていうの?」
「絵里香……です」
男性はニッコリ笑うと、
「絵里香ちゃん。もう、怖い人はいないから安心して。ね?」
大きな手が妹の頭を撫でる。
すると。不思議なことに絵里香は泣きやんだ。
これあげるから、とその男性は買い物袋から飴玉を3つ取り出し、妹の手に握らせてくれた。
じゃあね、とその男性は立ち上がって去ろうとする。
「あ、ありがとうございました!!」
智哉はその背中に向かって、慌てて礼を述べた。
男性は振り返らず、軽く右手を挙げてそのままどこかへ行ってしまった。
「なぁ、今のってひょっとして……」
「もしかして、噂のあの人と違うんか……?」
制服警官のコンビは顔を見合わせ、ひそひそ話し合っている。
「あの……」
今の人も気になるが、怪我をして運ばれて行った制服警官の名前がもっと気になる。
「今の人と、妹を助けてくださった方のお名前を……教えていただけませんか?」
すると制服警官の1人が答えた。
「それより、保護者は?」
電話がつながらない。
でも、それを言えば『何か問題のある家庭』と、思われるかもしれない。
「友永しゃん……」絵里香が鼻声で呟く。
仕方ない。
智哉は友永の番号をダイヤルした。
だって仕方ないじゃない。作者がアタシを、無理矢理にでも出したいんだから。