言っておくけど、タダじゃすまさないからね
和泉が事務所を出て少し歩いていると、宿泊客らしい母娘の2人連れとすれ違った。
「あまね君って言うんだって」
「そうなんだ、あまね君……」
「市内に住んでるらしいわよ」
「すご~い、お母さん! ありがとう!!」
思わず和泉は足を止め、振り返って母娘の後ろ姿を見送った。
あまね君。
まぁ、他に該当はいないだろうな……。
おそらく、周が担当した客室の宿泊客だろう。あの子は顔も可愛いし、言動が男前だから、若い女性が興味を引かれるのも無理はない。
和泉は思わず障子に指を突っ込んで破ってやろうか、というくだらない衝動を抑えた。
今はちょうど朝食を片付けたり、布団を上げたりと一番忙しい時間帯だろう。仲居達の姿を廊下で見ることはない。
和泉さん、と声をかけられて振り返ると、美咲が立っていた。
「あの、昨夜お泊りになったお客様のことですよね……?」
不安そうな顔をしている。
せっかく経営が持ち直しつつあるのに、何か妙な噂が広まってはたまらない。そんなことを考えているのだろう。
「美咲さんはご覧になりましたか? その客を」
「ええ、私はお風呂場で……女性の方を」
「申し訳ありませんが、いま事務所にうちの刑事がいて、似顔絵を作成していますので、美咲さんも協力していただけますか?」
わかりました、と彼女は急ぎ足で去っていく。
それからようやく仲居の1人を見つけた。
「お忙しいところ、申し訳……」
「忙しいのよ、ほんとに! ごめんなさい、後でね!!」
和泉が声をかけると、大量のタオルを腕に抱えた仲居はスタスタと曲がり角の向こうに消えてしまった。
本当は好きじゃないけど、ここは警察手帳を振りかざすか。
内ポケットに手を突っ込んだ時、携帯電話が震えだした。
※※※※※※※※※
もう年末か……。
近所のスーパーで買い物をしていた智哉はふと、商品棚に並んでいる正月用品を見ていて思った。
以前はこんなことをしなかった。
家のことはたまに手伝うぐらい。そもそも母は専業主婦だったのだ。離婚して、働きに出るようになってからも、家のことは全部任せていた。
今になって、もっと前から手伝っておけば良かったなんて思う。
周は幼い頃からずっと家事の手伝いをしていたから、料理も上手だし買い物も上手だ。
今度一緒に来てもらって、何か買い物のコツでも教えてもらおうかな。
そんなことを考えていてふと、一緒に歩いていたはずの妹の姿が見えないことに智哉は気付いた。手を離すな、とあれだけ言ったのに。
智哉は商品を入れたカゴを床に置いて、急いで走りだした。
まずはお菓子のコーナーを探す。しかし、見つからない。
「絵里香、絵里香?!」
恥ずかしいなんて言っていられない。
今時、小さな子供を狙った変質者が次々とあらわれるというニュースが嫌というほど流れているのだ。
智哉は大きな声で妹の名前を叫びながら、スーパーの中を走り回った。
どうしよう? 見つからない!!