誰かこの人、なんとかして!!
宮島に到着する。
その旅館がどこにあるのかを、結衣は知らない。しかし和泉は勝手知ったる様子で迷いなく歩き進める。
黙ってついていこう。
すると。フェリー乗り場からだいぶ歩いた場所に、おそらく高級だろうな、と思われる佇まいの旅館の前に到着した。
今はチェックアウトの時間帯なのか、客達がロビーでたむろしている。
その中に結衣はジュノンボーイ、つまり藤江周の姿を見つけた。
仲居の真似ごとなのか、和服を着ている。
「どうしよう……周君、可愛い……」
隣で変態の呟きが聞こえる。
「カメラのレンズに、望遠ついてたっけ?」
知るかボケ。
結衣は思い切って中に入った。
いらっしゃいませ、と仲居の一人に声をかけられる。年齢はおそらく結衣の母親と同じぐらいだろう。
大きな病気でもしたのか、なんだか顔色が悪い。
「あの、私こういう者ですが……」
結衣は警察手帳ではなく、名刺を差し出す。
受け取ってしげしげと名刺を見つめた相手は、やがて驚愕の顔になった。
「あら、もしかして昨夜の……?」
ちょっと待ってください、と言われてその通りにしていると、別の女性がやってきた。
「警察の方ですか?」
まだ若い。他の仲居達と違う和服を着ていることから、恐らく女将だろうと思われる。
「女将さん、おはようございます」
「あ、和泉さん……」
和泉とはどうやら知り合い同士らしい。
「実は、警察の方に届け出ようかどうしようか、少し迷っていたんです」
「若尾竜一、という宿泊客のことですね? この人で間違いありませんか」
和泉が被害者の顔写真を見せると、女将は頷いた。
宿泊者名簿を見せていただけますか、と和泉が言った。
中へ入るよう勧められて奥の事務所へ向かう。
結衣は思わず、旅館の奥ってこんな感じなんだ~と物珍しいので、きょろきょろ見回してしまった。
「宿泊したのは405号室……ふぅん。うさこちゃん、見てご覧」
和泉に声をかけられ、慌てて我に帰る。
「連れの女性は名前を書いてないね。もしかして、人目を忍んで不倫旅行かな……」
和泉は可笑しそうに言う。
「たぶん、違うと思う」
後ろから男の子の声がした。振り返るとジュノンボーイである。
周君、と和泉の顔が嬉しそうに綻ぶ。
「まぁ……俺の見たところによると、だから、あてにならないかもしれないけど」
「じゃあ、藤江周巡査の所見としては?」
和泉の質問に対し、彼は複雑な表情をしてみせた。
「……出会い系サイトかなんかで知り合って、現地で落ち合ったんじゃねぇの? なんていうか……全然、人目を忍んでる感じでもなかったし」
「周君が言うなら、きっとそうなんだろうね。ところで、連れの女の人相は?」
「夜と朝で全然顔が違ってたから、あんまり自信はないけど……たぶん、覚えてる」
「どういうこと?」
2人の会話を聞いていた結衣は思わず口を挟んだ。
「ものすごく化粧が濃かった、っていう意味でしょう?」
「そう、それ!」
ジュノンボーイ、藤江周は嬉しそうに笑った。
なるほど確かに可愛い。
「うさこちゃん、人相聞いて似顔絵書いて」
なぜかおもしろくなさそうに、和泉がぶっきらぼうに言った。
スケッチブックと鉛筆は常に持ち歩いている。結衣は鞄からそれらを取り出して、似顔絵の作成を始めた。
「僕、他の仲居さん達にも話を聞いてくるけど……周君に変なことしないでね?」
と、和泉が妙な目をして立ち上がる。
「なんですか、変なことって……」
「何かしたら、たとえうさこちゃんが女の子でも殴るからね」
結衣は二重の意味でゾッとした。