黙っていればね、黙っていればの話よ?
現場付近は四国へ連絡するフェリー乗り場や、広島みなと公園、というだだっ広い公園がある。
付近にはマンションや店舗も少しはあるが、犯行が夜中に行われたのであれば、あまり目撃情報は期待できないな……なんて、結衣は少し気弱なことを考えていたのだが。
しばらく歩いて刑事達の集団から離れた時、和泉はぱっと手を放した。
彼は何も言わないまま、最初に目についた店舗のドアを開ける。
古い煙草屋のようだ。自宅兼店舗だろう、懐かしい昭和の匂いがする。
「おはようございます。少し、お話を伺いたいのですが……」
奥から年配の女性が怪訝そうな表情で出てくる。
身分を明かし、事の次第を手短に説明する。
有力情報と思える証言は得られなかったけれど。
それから何軒か訪ねて目撃情報を探したが、これといった情報がまったく出ない。
しばらく聞き込みを続けたが、結果としては収穫ゼロ。
ちょっと休憩しようか、と和泉が言い、結衣も同意して公園に戻った。
自動販売機で飲み物を買い、公園のベンチに腰かけると、思わず深い溜め息が漏れた。
行きずりの強盗犯だろうか。
先ほど和泉が言ったように、年末恒例(?)の事件だろうか。
先入観を持つな、と上司は言ったが……実は、そうであって欲しいなんていう願望だったりして。
それにしても。
この和泉という男が何を考えているのか前からわからなかったが、今もやはり全然わからない。なんでいきなり、自分を指名して聞き込みに行ってきます、とか言い出したのだろうか。
郁美がこっちに気付いていなくてよかった。
そう考えてふと、妙な勘ぐりをしてしまう。
まさか、わざと……?
「……何? じっと僕の顔を見たりして。イケメンだからって見とれてた?」
和泉がイケメンなのは否定しない。
黙っていれば本当に、普通の素敵なお兄さんと言っても過言ではないと思う。
いや、おじさんか?
「そういうことにしておいてください。それよりも……」
どうして私をコンビに指名したりしたんですか、と言いかけたのだが、それを遮るように和泉はポケットからスマートフォンを取り出した。
「ねぇ。うさこちゃん、見てこれ!!」
嬉しそうに画面をタップして見せられたのは、茶トラと三毛の猫が二匹で並んでいる写真である。
「あ、可愛い……」
「でしょ? ……え、可愛いって何?」
和泉は不思議そうにスマートフォンの画面を確認する。
「間違えた。これじゃなくて……こっち」
再び見せられたのはメールの受信画面。発信元のところに『マイスウィートハニー周君』と登録されているあたりが、相当イタい。
「僕の可愛い周君がね、お姉さんの実家のお手伝いで、昨日から旅館の仲居さんをしてるんだって。で、担当した客室に泊まった男性客がね……」
結衣はスマートフォンをもぎ取って、よく内容を読んでみることにした。
【昨日、うちの旅館に宿泊していた男性客の一人が突然、外出したまま朝まで戻らなかった。携帯電話もつながらないらしくて、うちの姉なんかは流川あたりに飲みに行って、最終便のフェリーを逃したんじゃないかって言うんだけど、財布を部屋に置きっぱなしだったし、出かける時もすごく慌てた様子だった。連れの女性がいて、警察に相談したらって言ったんだけど……拒否。なんかいろいろ胡散臭いし、一応和泉さんに相談しておこうと思って】
そして、メールに羅列されていた宿泊客のプロフィールを読んで、結衣は驚愕に思わず大きな声を出してしまった。
若尾竜一。
それはたった今、埠頭に上がった遺体の名前ではないか。