ちょうど、欲しい本があったんだよな~。
それから周はもう1つの客室に朝食を運んで行く。ドジ子一人である。
「……お母様は?」
「母は、お風呂に行きました」
既に身支度を整えている彼女の、本当の名前は未だに不明だ。
周は無言で朝食を座卓の上に並べて行く。
ドジ子はしばらく黙ってそれを見ていたが、
「あ、あの、昨日はいろいろありがとうございました」
か細い声で話しかけてくる。
「どういたしまして」
「そ、それで……これ……」
ピンク色の可愛らしい小さな封筒と、名刺が差し出された。
もしかして封筒の中身はチップだろうか。確か、もらっていいんだよな?
周は礼を言って封筒をポケットにしまい込んだ。
すべての料理を並べ終えた時、あらためて名刺を見た。住所と名前だけで肩書きはない。しかし昨夜、確か保育士だと言っていた。
ちなみに名前は富澤茉莉花と書いてあった。
「保育士さんって、どこの保育園ですか?」
「宇品四丁目にあかり保育園っていうのがありまして……そこで働いています」
現役の保育士と知り合いになれるのは、よいチャンスじゃないだろうか。
英会話教室だってお試しレッスンがあるぐらいだし、上手く行けば、ちょっと手伝わせてもらえたりして……。
「一度、保育園に見学に行けたりとかします?」
「……」
なかなか返事がない。妙なことを言っただろうか、と周が少し不安を覚えた頃。
「え、園長に聞いておきます!!」
要するに、返事をするまで少し時間がかかるらしい。
なるほど、この調子では一緒にいる母親が苛立って、つい口を出してしまうのも無理はないだろう。
そこへ彼女の母親が戻ってきた。
「ここのお宿は、料理が美味しいわね~。お風呂も綺麗だし」
「ありがとうございます」
周が礼を言うと、母親はニヤリと娘の顔を見た。
「ねぇ、ちゃんと名刺渡した?」
「……お母さん!!」娘の顔が真っ赤に染まる。
「いただきました。どうぞごゆっくり」
チェックアウトの時間になった。
ロビーの清掃を言い渡された周は、道具を持ってきて掃除を始めた。
そこへ、誰? というほど濃い、派手な化粧と服装でやってきたのは、先ほど連れが帰ってこないと騒いでいた女性だ。
「ねぇ、精算は竜ちゃんのカードでいいよね。あの人、財布置いて行ったから」
彼女はフロントへスタスタと歩いて行く。
財布を置いて行った? 周はそのことに違和感を覚えた。
もし酒を飲みに本土へ行ったのなら、財布を置いていくのは不自然だ。
それに、ひどく慌てて出かけて行ったことも覚えている。
「やっぱり、警察に届けた方が……」
返事はなかった。




