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そういえばうちの電話回線って、どこの会社だったっけ?

 何とも言えない気分で、聡介は帰宅した。


 玄関を開けると真っ暗である。そう言えば今夜、和泉は当番だった。


 誰もいない家の中に入って行くと、留守番電話にメッセージが入っていることに気付いた。

 再生ボタンを押すと、次女の声。


『あ、お父さん? 今年こそはお正月に顔見せてよね!! たまにはちゃんと連絡して!!』


 そう言えば、もう年末だった……。


 聡介は壁にかかっているカレンダーを見て溜め息をついた。


 ちらりと時計を見る。だいぶ遅い時間だが、向こうは飲食店だから、きっとまだ起きているだろう。


 受話器をあげて次女の連絡先をダイヤルする。


『あ、お父さん?! あのね……!!』

 こちらがロクに名乗らない内から、娘はしゃべり始めた。


 次女と話すのは久しぶりだ。

 といっても、向こうがひたすらしゃべり続けるのを黙って聞いているだけだが。

 聡介はひたすら相槌を打ちながら、娘の雑談に耳を傾けた。


 向こうの気が済むまでしゃべらせておくと、最後に彼女は言った。


『それで、今年こそはお正月に来てくれるんでしょう?!』


「まぁ、何もなければな……」


 ようやく気が済んだのか、それとも夫からいい加減にしろと言われたのか、どうにか収拾がついたのは電話をかけてから、約30分後のことだ。


 やれやれ。毎度のことながら、自分の言いたいことだけ言って終わり。

 それでも後味が爽やかなのは、娘が心底自分に会いたがってくれているとわかるからだ。


 昔は考えられなかったが……。


 ふと、聡介は先ほどのことを思い出した。

 坪井課長から頼まれた、重森に連絡をとってみてくれ、と。


 確か重森にも娘がいたはずだ。遅くにできた子で、目に入れても痛くないほど可愛がっていたらしい。

 その頃、既に異動で顔を合わせることがなくなったから、人伝てに聞いただけだけど。


 ……連絡をとってみるか。


 受話器を持ち上げようとして躊躇ったのには理由がある。


 こういう寒い季節にはきっと、古傷が疼くに違いない。


 その原因を作ったのは自分だ。

 聡介は首を横に振って電話機から離れた。


 こんな時、和泉ならなんと言うだろうか……。


 いや、でも。

 やはり、早めに済ませておこう。


 それでも。何度か受話器を上げては下げ、また上げてを繰り返し、結局、聡介はかつての先輩だった重森の連絡先に電話をかけた。


『……重森です』

 若い頃とあまり変わらない重低音が聞こえてくる。


「シゲさん? あの、高岡です……お久しぶりです」


 しばらく沈黙があった。


 もしかして怒っている? それとも、こっちが誰かわからない?


「昔、三好西署でお世話になった……高岡聡介です」

『ああ……お前さんか』


 昔から重森は聡介のことを『お前さん』と呼んでいた。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 口にしてからしまった、と聡介は思った。


 元気な訳がない。自分のせいで足に怪我をさせてしてしまった相手に、こんな寒い季節にかける言葉ではない。


 しかし、一度口に出してしまった言葉は取り消せない。


 聡介が苦い思いを噛みしめていると、


『……相変わらずだな、お前さんは』

 受話器の向こうでくぐもった笑い声が聞こえた。


「すみません……」


『何を謝る? それよりも、何か用か?』

 そう問われて、ますます気が重くなる。


「……シゲさん。今、本部にいらっしゃいますよね?」

『ああ、ほうじゃ。組対1課、坪井課長の下におる』

「実は俺……自分も、この春から捜査1課に配属になりました。それで、本部に出勤しているので……もし、少しお時間をいただけるようなら……久しぶりにお会いしたいと思いまして」

 我知らず、声がどこか上擦っている気がする。


『……お前さん、なんだかんだで本部におることは少ないんと違うんか』

 確かに。何か事件が起きれば捜査本部の置かれた所轄署に出向いていることが多い。


「今は特に、何の事件も抱えていませんので……」

『まぁ、ええ。久しぶりじゃけん、わしも会って話したい。じゃがのぅ……約束はできん。そうじゃろう?』

 それでも、会う約束はできた。


 何も大きな事件が起きなければ、明日の夜にと。


 その時、聡介は電話の向こうに微かな異音を感じた。


 それはほんとうに微かなものだったが、確実に存在した。

 例えて言うなら、それは人のうめき声に似た……。


「あの、シゲさん? 今、どちらに……?」


『……答えにゃならんか?』

「いえ、あの……」


『また連絡する』 


 通話は切れた。

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