確かにそうかもしれないが……
特に重大事件が発生することなく一日を終えた。
しなくてはならない仕事に関してはキリがないが、聡介は見切りをつけてパソコンの電源を落とした。
「お前達、適当にキリをつけて帰れよ?」
部下達は揃ってはーい、と返事をする。
立ち上がるついでに聡介はちらりと和泉の様子を見た。一瞬だけ目が合ったような気がしたが、気のせいだったか。
彼は真っ直ぐにモニターを見つめていた。
上着に袖を通して刑事部屋を出る。
組織犯罪対策課の坪井課長とは1階のロビーで待ち合わせている。
1階に降りると彼は既に待っていた。
「すまんのぅ、忙しいのに」
「いいえ、お互い様です」
聡介の方が年齢は少し上だが、どうもこの課長が相手だと敬語になってしまう。
自分の行きつけの店で良いかと言うので承知し、2人で外に出た。
広島県民にはたいてい行きつけのお好み焼き屋がある。坪井もまた馴染みの店へ入り、隅っこのカウンター席を陣取った。
「あんたは確か、飲まん人じゃったのぅ」
「どうぞ、お気になさらず」
彼は生ビールとウーロン茶を注文した。
熱いおしぼりで顔を拭きながら、坪井は切り出した。
「……こないだの会議で出た話じゃけどな……」
先日の会議で出た話。
県警内の『誰か』が暴力団関係者と癒着しているという噂だ。どうやら内部告発があったらしい。
聡介が黙って続きを促すと、
「どうも……シゲがのぅ……」
「シゲさん?!」
思わず聡介は大きな声を出しそうになって慌てた。
「いや、まだ噂の段階じゃけん。じゃけど、火のないところになんとかっちゅうじゃろ」
組対の課長は苦い顔をして言った。
シゲとは重森悟史巡査部長、聡介の先輩である。かつては同じ所轄の刑事課で一緒に働き、コンビを組んでいた仲である。
今は組織犯罪対策1課、坪井課長の下で働いている。
「わしも信じとぅないけどな」
重森は聡介に刑事の仕事を教えてくれた人だ。
厳しかったけれど、彼のおかげで今があると考えている。
真面目で熱心な人だった。
そして……。
「もう定年まで何年もないっちゅうに、もしそれがほんまの話なら……」
「坪井課長」
聡介は思わず彼の話を遮った。
「どうして、シゲさんが? なんでそんな話になったんです?!」
「……わしにもわからん……」
坪井課長は首を横に振る。
「じゃけん、あんたに頼みたいんよ」
「俺……自分に、ですか?」
「ただの噂ならそれでええ。じゃけど、もし……ほんまなら、なんでそんなことになったんか……あんたはシゲと古くからの知り合いじゃろ? もしかしたら、何か話してくれるかもしれん」
それで今日、誘いがかかったのか。
聡介は運ばれてきたウーロン茶を一口飲んだが、ひどく苦く感じられた。




