姉さんはどこだっ?!
客商売も楽じゃないな……周は肩を回しながら思った。
そしてふと、まさかと嫌な予感を覚えた。
姉も今みたいに、スケベ親父にナンパされたり、セクハラされたりしているのではないだろうか?
そう考えたら気が気ではなくなった。
姉はどこだ?!
急いで周が厨房に戻ると、
「周君、今度はこっち!! 202号室ね」
と、今度は別のワゴンを渡された。
一人一室じゃないのか!! と驚きながら、料理の並んだワゴンを押して行く。
ほんとうはたぶん、一人の仲居が何室も担当したりはしないと思うが……今日は特別なんだろう。と、自分の中で結論を出して周は深呼吸をした。
失礼いたします、と襖を開ける。
こちらは女性の2人連れ、というか母娘のようだ。
「あら……?」
旅館の浴衣を着た若い女性が周の顔を見て声をあげた。
周が顔を上げると、確かにどこかで見た顔のような気がした。
「確かフェリー乗り場で……この旅館の仲居さんだったんですね? 先ほどはどうもありがとうございました」
記憶を辿る。
ああ、そうだ。確かフェリーを降りる時にすっ転んで、荷物をぶちまけていたトロくさい女の子……。
無事に料理を並べるのに必死な周はしかし、すぐに目の前の作業のことで頭がいっぱいなため、注意はすぐに逸らされた。
「あの、これは何て言うお料理ですか?」
来た!!
料理について何か質問されたらどうしよう、と周は内心でヒヤヒヤしていた。
軽く説明は聞いているが、正直言って覚えきれていない。
『これ』ってどれだ?
周はおそるおそるどの料理を指して言っているのか、客の手元を見た。
萩焼の小鉢に入っているその料理が何なのか、目をこらしてよく見てみる。
何だっけ? 確か……宮島だから牡蠣だっけ。いやでも、牡蠣にしちゃ色が明るいっていうか、オレンジっていうか。
「か、確認してきます! それと、お飲み物はいかがなさいますか?!」
母娘は白ワインを一本注文した。
周はそれをメモして愛想笑いを浮かべながら、慌てて部屋を出た。
急いで姉の姿を探す。が、こういう時に限って見つからない。
と、思ったらちょうど仲居の一人が通りかかった。
「あ、あの! 萩焼の小鉢に入ってるオレンジ色の料理って何ですか?!」
よく見たら周のことを『坊や』呼ばわりしたオバさんだった。
顔色の悪い中年の仲居はやや呆気にとられた表情をしたが、すぐに笑って、
「あれはムール貝よ。ムール貝の和え物」
そういえばそんなことを言ってた。
周は礼を言ってまず厨房に行き、注文のあったワインを探して客室へ戻った。
お待たせいたしました、と愛想笑いを貼りつけてワインを届ける。
「こちらはムール貝の和え物だそうです」
「ああ! そういえば……テレビでやってたわね。牡蠣の養殖をするついでに、ムール貝も一緒に育てるんだって」
母親らしき中年女性が嬉しそうに言った。
そんな話は初めて聞いた。地元民なのに。
「お客様はどちらからおいでになったんですか?」
なんとなく興味を覚えて周は訊ねた。
「それがねぇ……」
ふふふ、と中年女性は笑う。
すると娘らしき若い女性は、
「もう、お母さん!」と顔を赤くする。
「私達、実は広島市内に住んでるんです。わざわざ宮島に泊まりがけなんてねぇ……」
「別に変じゃないですよ」
うちも一度やったことあるし。
「それが、この子ったら松島と宮島を間違えて予約しちゃってね。松島ってほら、宮城県よ? 東北。まぁ、移動が楽で良かったけれど。飛行機だ新幹線だって疲れるし」
トロくさい上にドジか……。
まぁ、見た感じでなんとなく納得できる。
「それに、そんなに休みが取れる訳じゃないし」
「お仕事、お忙しいんですか?」
「私は看護師。この子はね、この春から保育士になったばっかりなのよ」
「へぇ……保育士さん」
俄然、興味を引かれてしまった。




