これって何かの罰ゲーム?!
チェックインの時間になったが、直後からやってくる客はあまりいない。
だいたい観光を終えた夕方頃がピークだろう。
裏方の仕事はとりあえず一段落かな、と思って周が安心した時だ。
「周君、周君!!」
女将に呼ばれて事務所へ行く。
「お願いがあるの、これに着替えて」
と、手渡されたのは男性用の和服。
「え……? 何これ……もしかして?」
「そう、もしかして。急いでね!」
俺に仲居の真似ごとをやれってか? っていうか着方もわからないんだけど……。
周は無意識の内に姉の姿を探した。
しかし、こういう時に限って姿が見えない。いや、そもそも仲居の真似ごとなんて無理だから!!
どうしよう……?
少し悩んだ末に周は賢司に電話してみることにした。
姉の実家は旅館の裏、すぐ傍にある。敷地面積が広く、つい最近改装したらしい日本家屋はしかし、まったく人の気配がなかった。
宮島に到着してから賢司はずっと、客間で横になっていた。やはり具合が悪いらしい。
渡された着物を持ったまま、周は姉の実家に向かった。
「賢兄、起きてる……?」
大きな足音を立てないよう気を遣いながら客間の襖を開ける。
やはり彼は、布団を敷いて眠っていた。猫達は2匹とも大人しく兄の足元に丸まっている。
しかし、目は覚めていたようだった。
「周……? どうしたの」
「これ、着方を教えてくれない?」
「……君も仲居の真似ごとをするのかい?」
賢司は可笑しそうに言って半身を起こす。
「仕方ないだろ、手伝うって言ったからには……」
よほど人手不足らしいね、と言いながら兄は着付けを手伝ってくれた。
それから旅館に戻ると、姉が待っていた。
「ごめんね、周君。急にお休みするって言う人がいて……」
「いいよ、別に。ただ、俺でもできる仕事だろうな?」
「大丈夫よ、私がフォローするから」
そんな話をしている内にゾロゾロと団体の客が入ってきた。そう言えば、今日は宴会が入っていると言っていたっけ。
たぶんどこかの会社の社員旅行だろう。様々な年齢の男女が入り混じっている。
「あ、周君、こっち!」
女将に手招きされて向かった先は大広間だった。
賑やかな話し声が聞こえる。
栓の開いたビールの瓶を一気に三本渡され、奥から配ってね、と言われた。
「おっ、男の仲居さんじゃ! めずらしい!!」
「写真撮っていいですか?!」
こっちはそれどこじゃねぇんだよ……周は胸の内で呟きながら、曖昧に微笑んで返事をしなかった。
するとシャッター音がして勝手に写真を撮られる。
ムッとしたが、一応黙っておく。
ビールを配るぐらいなら自分でもできる。
周は次々と渡される瓶ビールを、気を遣いながら配った。
それが一段落すると、今度は調理場の方に呼ばれた。
「え……俺が配膳すんの?」
この旅館では夕食、朝食共に各部屋で提供することになっている。
「大丈夫、そんなに難しくないから」
姉は気軽にそう言うが、何年もやっているベテランならそうだろうが、こちらはまるで素人なのだ。
簡単な説明を受けて、いわゆる研修は終わり。
しかしまぁ、ブツブツ言っても仕方ない。周は覚悟を決めた。
言われた客室に向かう。
チャイムを押すとはぁい、と女性の声がした。
失礼いたします、と襖を開けた周はギョッとした。まだ若い女性がかなり乱れた格好の浴衣姿で、寛いでいる。
その向かいで髭を生やした若い男性が煙草を吸っていた。
新婚旅行だろうか? それにしては、少し雰囲気が違う気が。
そうだ、思い出した。男の方はフェリーの中でも見たカメラ男だ。
が、今はそんなことはどうでもいい。
とにかく細心の注意を払って、料理を並べて行こうとした。
「ねぇ~リュウちゃん、写真撮ってよー!!」
見ず知らずの若い女がいきなり周の肩に手を回してきて、Vサインをしてみせる。
「よせよ、嫌がられてんぞ」
「いいじゃ~ん、だって男の仲居さんなんて、ちょー珍しくね?」
周がびっくりして固まっていると、男は苦笑しながらシャッターを切った。
「ねぇ、名前なんて言うの? いくつ?」
驚くやら腹が立つやらで、周が返事をしないで黙っていると、興醒めしたのか、若い女は鼻を鳴らして離れて行った。
「めずらしいね、男の子の仲居さんなんて」
男の方が話しかけてくる。
「ピンチヒッターなんです」
話しかけんなよ、と心の中で思いながら周は必死に作業を進める。
「写真撮っていい? 雑誌で紹介するからさ」
またかよ……え?
今、何て言った? 周は思わず顔を上げた。