隠された過去の話:2
それから少しして、
「じゃあ、一緒に来て頂戴」
「あれは……何年前の話かしらね」
他の人間の耳はないはずだ。
聡介は北条と2人、彼の車に乗っていた。
本土に戻り、県警本部に戻った後の話である。
「実名を出すのは気が引けるから、仮に【A】としましょう。このAが、当時のHRT隊長……だったのよ」
Aはね、と彼は続ける。
「彰ちゃんのことを、子供の頃からいろいろ知っていたみたい……」
確かに、和泉にも子供の頃はあっただろう。
聡介は変なところで安心してしまった。
「彰ちゃんが高校を卒業してすぐ県警に入ったって聞いてすぐ……特殊捜査班に来ないかってスカウトしにいったの。確かにあの子、当時の新人の中でもずば抜けて成績が良かったのよ。頭もそうだけど、身体能力もね」
わかる気がする。
日頃こそあんなだが、和泉が優秀な人材なのは間違いない。
「初任科を終えて最初のハコ番を一ヶ月ほど経験した後、すぐウチに引っ張ってきた訳」
「一ヶ月?!」
驚いて、思わず大きな声が出た。
最初から警部補の地位が約束されているキャリアだって、初めの三ヶ月は否応なく交番勤務である。
「それぐらい欲しがっていた訳……わかる?」
何かしら深い意味がありそうで、聡介は黙っていた。
北条はくすっと笑うと、話を続ける。
「実際、彰ちゃんは期待以上だったわ。持って生まれたものって確かにあるのね……」
不意に聡介の頭に、周囲の人間はどういう反応だったのだろうかという考えが浮かんだ。
自分の若い頃は皆が刑事に憧れていて、だが誰でもなれる訳ではなく……だから、聡介が上司から刑事課への異動願い推薦状を書いてもらえた時には、祝福が半分、妬みが半分と言ったところだった。
まさかあの息子が、黙って嫌がらせに甘んじる訳がないとは思うのだが……。
「男の嫉妬って、女のそれより性質が悪いのよ」
こちらの頭の中を見透かしたかのように、北条が言った。
「特殊捜査班って、刑事よりも狭い門なの。知ってるでしょ?」
「ええ……」
「そしてAは……カリスマっていうのかしらね? 部下は全員、奴を慕っていたわ。Aのためなら命を賭けてもいいっていうぐらいにね。アタシも初めはそうだった」
「当時、北条警視は……?」
「その頃アタシは巡査部長で、副隊長だったわ」
少しだけホっとした。まさか警部補だったりしないだろうな、と思ってしまった。それでもかなり早い昇進だろうが。
「彰ちゃんも例外なく……ううん、誰よりもAのことが大好きだったのよ。本気で信頼してた。今にして思えば、あれは妄信だったかもしれないわね……とにかくAって奴は、人心を掌握するのに長けていたから」
時々だが、確かに存在する。
さらりと信頼を勝ち得てしまう、ほぼ無条件に人に好かれる。
そう言うのを【カリスマ】というのだろうか?
「Aは特に彰ちゃんのことを可愛がっていた。それこそ、他の隊員が嫉妬するほどにね」
「……」
「そりゃね。初任科からスカウトしに行った上に、期待以上の働きをしてくれる新人ですもの。可愛くない訳がないわ」
でも、と彼は続ける。
「まわりの嫉妬は半端ないわよ。そんな中だったから、余計かもしれないわね……」
なんとなく嫌な予感がした。
「彰ちゃん、本気でAのこと好きになっちゃったのよね」
彼が何を言わんとしてるのか、聡介でさえわかった。
「Aには妻子がいたわ。世間一般でそういうの、なんて言うか知ってるでしょ?」
それは息子の片想いだったのだろうか?
仮にそうでなかったとしても……。
「……軽蔑する?」
聡介は首を横に振った。
「俺は……人を裁いたり、批判する立場にはありません……」
それを聞いて安心したわ、と北条は話を続ける。