隠された過去の話:1
気がつくと、聡介のすぐ近くに特殊捜査班の隊長が立っていた。
彼もまた、去っていくパトカーを無言で見つめている。
「北条警視。ご協力ありがとうございました」
聡介は彼に声をかけた。
「……アタシが勝手にやったことよ」
どうもやはり、このしゃべり方には多少の違和感を覚えてしまう。
「それと、うちの部下達が……ごめんなさいね」
それはいい。
そうだ。
この人は確か、昔、和泉と同じ部署に所属していたはずだ。
彼ならば知っているかもしれない。
時々、和泉の様子がおかしくなる原因。
この旅館に来てふと思い出した。
「あの、1つお聞きしてもいいですか? 昔、彰彦……和泉と同じ……特殊捜査班銃器対策課にいらしたんですよね? いったい、当時あいつに何があったんですか……?」
北条はちらり、と聡介を見つめ、それからまわりを見まわした。
近くには誰もいない。
端的に言うと、と彼は長い前髪をかき上げつつ答えてくれた。
「ものすごく信頼していた相手に裏切られて、ひどい目に遭わされたってこと。その上そいつ、自分のやった悪事が明るみに出た途端……あの子の目の前で自殺したのよ」
「……え……?」
「あの子、容疑者が自殺を図ると様子がおかしくなるんでしょう? たぶん、その時のことを思い出すのよ」
「いったい、何があったんですか……?」
「詳しく調べたかったら、当時の資料を見てみたら……って言いたいところだけど。不祥事が起きた時の、この県警の体質は知っているわよね? 正確な資料なんて残っていないわよ。改ざんされた記録なら残っているかもしれないけどね」
少しだけ隠された物が見えた。
本部に帰ったら調べてみよう。
それからふと、聡介は北条の横顔を見た。
「その時……あなたも彰彦の傍におられたのですよね?」
思いがけない質問だったらしい。そんな表情をしている。
「ええ……まぁ、ね」
「……あなたも大変でしたね、北条警視」
「あら、どうして?」
彼はおかしそうに問い返す。
もし、その場にいたのが自分だったら。
そう考えた聡介は、思ったままを口にした。
「目の前で苦しむ人間を見守っているのは、決して楽なことではありません。どんなに強く願っても、本人の苦しみを代わってやることはできませんから……」
すると北条は目を丸くし、やがてくくっ、と笑い出した。
「噂に聞いていた以上だわ」
「……何がです?」
「底抜けのお人好しだって。まぁ、良かったんじゃない? でなけりゃ、今のあの子は存在しないわよ……」
どう答えていいのかわからなかったので、とりあえず聡介は黙っていることにした。
冷たい風が吹きつけてきた。
北条はコートの裾を翻し、くるりと向こうを向いた。
「でも、そうね……あなただったらもう少し詳しいことを話してもいいわ」
ただし、と彼は振り返って続ける。
「これだけは約束してちょうだい。アタシから話を聞いた後に、彰ちゃんへの態度を変えたりしないで。特に、憐れむようなことだけはしないって」
「憐れむのは、悪いことでしょうか?」
え? と、北条は再び驚きの表情を見せる。
「……確かに同じ経験をしたことがない人間が、わかったような顔をして、高いところから『可哀想に』なんて言うと、なんの説得力もないかもしれません。でも俺は……裏切られることの辛さを、誰よりもよく知っているつもりです。まして、名目上とは言え【家族】だと思っていた相手に……」
本当なら誰にも言いたくなかった。
でも。
不思議なことに、自分より幾分若いであろう警視には、なんとなく打ち明けてしまったのである。
この人なら大丈夫。
根拠はないが、なぜかそんなふうに思ってしまった。
「聡ちゃん、あなたまさか……」
彼は知っているのだろうか。
聡介にとってそれこそ、忘れてしまいたい過去の出来事を。
「同病相憐れむというか、傷の舐め合いというか……決してカッコいい話ではありませんけれど。俺は彰彦のことを……理解できるつもりでいます」