ホントにこれで良かったのかな?
誰が一番に開口するだろうか。
結衣は思わず視線だけでぐるりと部屋の中を見回した。
そしてそれは沼田亜美なのであった。
「待って……それじゃあ、あんた達は竜一が殺されるのを、黙って見ていたの??」
確かに、そういうことになるだろう。
誰も何も言わない。
「どうして、なんで助けてくれなかったの?!」
次に口を開いたのは和泉だった。
「沼田亜美さん。それは、12年前にあなたがしたのと同じことですよ。まさか、死ぬとは思わなかった……そういうことです」
場は静まり返った。
「実に、見事な復讐でしたよ」
重森はばっ、と畳の上に頭をついた。
「課長……ほんまに申し訳ありません!! ワシはあんたを……仲間を裏切りました」
坪井課長は黙っている。
「けど、後悔はしとらん。この女にもわかったじゃろう。大切な存在を失くす痛みがどんなものか……!!」
それから重森は和泉を見つめ、吐き捨てるかのように言った。
「あんた、気分がええか?」
「……どういう意味でしょう?」
「黙っておれば、誰も、何も知らずに済んだ……ほうじゃろう?!」
「……」
「あんたは自分が正義を執行した気分でおるんじゃろうな。さぞ、気分がええじゃろうよ。高いところから、ワシらを見下ろして……」
「シゲさん!!」と、悲痛な声を上げたのは班長だった。
「お願いします。もう、何も言わないでください……」
今にも泣きだしてしまうのではないか、という貌。こんな表情は初めて見た。
和泉は少し黙った後、
「僕の仕事は人を裁くことではありません。ただ、真実を追求する。それだけです。それは僕が刑事だからです」
楽な仕事だなんて一度も思ったことはないけれど、こんなにも辛い仕事だと思ったのは初めてかもしれない。
結衣は無言の内に、そう語る和泉の横顔を見つめた。
果たして彼らはどんな罪に問われるだろうか?
考えてもわからなかった。
しばらくして和泉は再び、質問を口にする。
「あと一つだけ。あの日、なぜ支倉はこの旅館を密会場所に選んだのですか?」
「……知らん。ただ、少しだけボヤいとったのぅ。いい加減、あの斉木の倅には疲れたと言うようなことをな」
「……シゲ……」
組織犯罪対策課を率いる坪井課長は、重い口を開いた。
「他に何か、支倉についての情報は?」
彼はしばらく躊躇した後、こう答えた。
「奴は怪物です。相手にするには、あまりにも……荷が重い」
それから坪井課長は、班長に視線を向けた。
「……お前さんの部下は優秀じゃな?」
「いつも頭痛の原因ばかり作る、バカ息子ですよ」
上司は泣き笑いのような顔を見せた。
「それでも俺にとっては、なくてはならない相棒なんです」
※※※※※※※※※
どうやら話し合いは終わったらしい。
見慣れた顔と、そうでもない顔ぶれがゾロゾロとロビーに集まってきた。
一通りの雑用を終えて、周がふっと一息ついていた時だった。
少し年配の夫婦が手をつなぎ、背中を丸めて外に出て行く。後で気付いたのだが、玄関先にパトカーが停まっていたようだ。
見知った顔は皆、ひどく落ち込んでいるように見えた。
いったい何があったのだろう……?
周君、と声をかけられて振り返る。
和泉が後ろに立っていた。
「和泉さん……なんか疲れた顔してる」
彼はいつもと違い、なんだか落ち込んだかのような、かつ疲れ切った表情をしていた。
その表情を見ている内に、朝のマイナス感情はどこかへ行ってしまった。
「うん、まぁ……疲れたかな……」
彼はそう言って片手で額を抑えた。
「僕は……間違っていないかな?」
突然、妙な事を言う。
「何が?」
「自分では正しいと思っていることが、もしかしたら誰かを不幸にするかもしれない……」
お父さんと何かあったのだろうか?
周は少し離れた場所にいる聡介の姿を目で追った。
彼もまた、ひどく疲れたような背中をしていた。
そっと手を伸ばし、周は和泉の肩に触れた。
「俺には詳しいことわからないけど、和泉さんはいつも自分のためっていうよりも、誰かのために一生懸命じゃないか。それってすごいことだよ。俺は、心から尊敬してる」
「……周君……」
「何が正しくて何が間違ってるかって、誰にも言えないと思うよ。でも俺は和泉さんのことを信じてる。いつも、何度も俺のことを助けてくれた、和泉さんだから」
ふわっ、といつもの香りに包まれる。
気がつけば周は、和泉に抱きしめられていた。
ありがとう。
耳元に囁かれた声は、いつもよりやや湿っぽい感じがした。
「彰彦……」
後ろからお父さんの声がした。
和泉は手を離し、そうして彼の方を向き直った。
「勝手な真似をして、すみませんでした」
彼の父は首を横に振り、
「……すまなかった。そして……ありがとう」