表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

172/175

ホントにこれで良かったのかな?

 誰が一番に開口するだろうか。


 結衣は思わず視線だけでぐるりと部屋の中を見回した。


 そしてそれは沼田亜美なのであった。


「待って……それじゃあ、あんた達は竜一が殺されるのを、黙って見ていたの??」


 確かに、そういうことになるだろう。


 誰も何も言わない。


「どうして、なんで助けてくれなかったの?!」


 次に口を開いたのは和泉だった。


「沼田亜美さん。それは、12年前にあなたがしたのと同じことですよ。まさか、死ぬとは思わなかった……そういうことです」


 場は静まり返った。


「実に、見事な復讐でしたよ」



 重森はばっ、と畳の上に頭をついた。


「課長……ほんまに申し訳ありません!! ワシはあんたを……仲間を裏切りました」

 坪井課長は黙っている。


「けど、後悔はしとらん。この女にもわかったじゃろう。大切な存在を失くす痛みがどんなものか……!!」


 それから重森は和泉を見つめ、吐き捨てるかのように言った。


「あんた、気分がええか?」


「……どういう意味でしょう?」


「黙っておれば、誰も、何も知らずに済んだ……ほうじゃろう?!」

「……」


「あんたは自分が正義を執行した気分でおるんじゃろうな。さぞ、気分がええじゃろうよ。高いところから、ワシらを見下ろして……」


「シゲさん!!」と、悲痛な声を上げたのは班長だった。


「お願いします。もう、何も言わないでください……」


 今にも泣きだしてしまうのではないか、という貌。こんな表情は初めて見た。


 和泉は少し黙った後、

「僕の仕事は人を裁くことではありません。ただ、真実を追求する。それだけです。それは僕が刑事だからです」


 楽な仕事だなんて一度も思ったことはないけれど、こんなにも辛い仕事だと思ったのは初めてかもしれない。


 結衣は無言の内に、そう語る和泉の横顔を見つめた。

 

 果たして彼らはどんな罪に問われるだろうか?

 考えてもわからなかった。


 しばらくして和泉は再び、質問を口にする。

「あと一つだけ。あの日、なぜ支倉はこの旅館を密会場所に選んだのですか?」

「……知らん。ただ、少しだけボヤいとったのぅ。いい加減、あの斉木の倅には疲れたと言うようなことをな」


「……シゲ……」

 組織犯罪対策課を率いる坪井課長は、重い口を開いた。

「他に何か、支倉についての情報は?」


 彼はしばらく躊躇した後、こう答えた。

「奴は怪物です。相手にするには、あまりにも……荷が重い」


 それから坪井課長は、班長に視線を向けた。


「……お前さんの部下は優秀じゃな?」


「いつも頭痛の原因ばかり作る、バカ息子ですよ」

 上司は泣き笑いのような顔を見せた。


「それでも俺にとっては、なくてはならない相棒なんです」


 ※※※※※※※※※


 どうやら話し合いは終わったらしい。


 見慣れた顔と、そうでもない顔ぶれがゾロゾロとロビーに集まってきた。


 一通りの雑用を終えて、周がふっと一息ついていた時だった。


 少し年配の夫婦が手をつなぎ、背中を丸めて外に出て行く。後で気付いたのだが、玄関先にパトカーが停まっていたようだ。


 見知った顔は皆、ひどく落ち込んでいるように見えた。


 いったい何があったのだろう……?


 周君、と声をかけられて振り返る。


 和泉が後ろに立っていた。


「和泉さん……なんか疲れた顔してる」

 彼はいつもと違い、なんだか落ち込んだかのような、かつ疲れ切った表情をしていた。


 その表情を見ている内に、朝のマイナス感情はどこかへ行ってしまった。


「うん、まぁ……疲れたかな……」

 彼はそう言って片手で額を抑えた。


「僕は……間違っていないかな?」


 突然、妙な事を言う。


「何が?」

「自分では正しいと思っていることが、もしかしたら誰かを不幸にするかもしれない……」


 お父さんと何かあったのだろうか?


 周は少し離れた場所にいる聡介の姿を目で追った。


 彼もまた、ひどく疲れたような背中をしていた。


 そっと手を伸ばし、周は和泉の肩に触れた。


「俺には詳しいことわからないけど、和泉さんはいつも自分のためっていうよりも、誰かのために一生懸命じゃないか。それってすごいことだよ。俺は、心から尊敬してる」

「……周君……」


「何が正しくて何が間違ってるかって、誰にも言えないと思うよ。でも俺は和泉さんのことを信じてる。いつも、何度も俺のことを助けてくれた、和泉さんだから」


 ふわっ、といつもの香りに包まれる。


 気がつけば周は、和泉に抱きしめられていた。


挿絵(By みてみん)


 ありがとう。


 耳元に囁かれた声は、いつもよりやや湿っぽい感じがした。


「彰彦……」

 後ろからお父さんの声がした。


 和泉は手を離し、そうして彼の方を向き直った。


「勝手な真似をして、すみませんでした」


 彼の父は首を横に振り、


「……すまなかった。そして……ありがとう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ