これは本当の話だよ?
「たぶん、ずっと眠れなかったんじゃろうな……」
重森は誰にともなく話しかけた。
「あの日のこと……いや、すべてを話してしまおうかのぅ。そうすればワシも、ゆっくり眠れるかもしれん」
彼は愛おしそうに妻の髪を撫で、それから一同を見回した。
「そもそものきっかけは、あんたの言う通り影山じゃ。今からだいたい3年前か、ワシは両親の世話で金が必要じゃった。会社から金を借りて……思うように返済できんなった頃に、監察から声がかかった。悪質な滞納ではないから、ということで大目に見てもらったのが始まりじゃ。顔を覚えられたワシは、何かというとあの男に目をつけられるようになった……」
警察官には低金利でローンを組める取り決めがある。
住宅購入その他、様々な理由で借りることはできるのだが、返済が滞るとたちまち監察のメスが入る。悪質なケース……例えばギャンブルにのめり込んだ、異性に貢いだ……などの外聞を憚る理由があるからだ。
「ある日、あの男が若尾を紹介して来た。学生時代からの友人で、新聞記者じゃと。若尾にスクープを撮らせてやりたいけぇ、何かでっかい捕り物がある時の詳細を教えろ、と……初めはもちろん、断った。でも奴はしつこかった……今度ローンが滞ったらすぐに査問委員会じゃ。下手をすれば人里離れた場所での交番勤務じゃ。それは困る。ワシは1人でも、玲奈の事件を追い続けるつもりじゃったけん」
「……横槍が入ったりしませんでしたか……?」
「当然あった。じゃけん秘密裏に動き回るしかなかった。でも正直、神経はすり減るし、限界を感じつつもあった。そんな時じゃ。影山が、実は玲奈の同級生だったということを明かしてきたんは。玲奈は自殺なんかじゃない、沼田の娘に殺されたんじゃ、て奴もそう言うた。詳しいことを教えてやる代わりに自分の要求をのめ、と」
「影山は、あなたが玲奈さんの父親であることに気付いて、かつお嬢さんのことを覚えていたのですね?」
重森は首を縦に振る。
「というよりも、思い出したんじゃろうな……」
何とかして彼を操ろうとしていた影山も、いろいろ調べたに違いない。
重森は沼田亜美の方を見た。
「妙な話じゃが、嬉しかった。玲奈は自殺なんかじゃなかった。殺されたんじゃ。ワシはずっとそう確信しとったけぇ」
ギラギラと瞳だけが異様に輝いている。
「大石に見つからなくてよかったですね」
和泉はものすごくいろいろな意味を含めて、そう言った。
今の捜査1課長である大石に会ったのは一度だけ。
そして。たった一度で大嫌いになった。
保身第一。
都合の悪いことは皆、なかったことにするタイプ。肩書きと地位にしがみつく小物。
仕事ができない上司は、問題が大きく明らかになるまで自分の部下の行動を把握していない。
ついでに言うと、と重森は語る。
「あいつは……大石は、魚谷組の沼田と裏で手を組んどった!! 娘に殺人犯の汚名を着せとうないって泣きつかれて、見返りを求めて事実を揉み消したんじゃ!!」
その話は彼の妻も確か、言っていたと聞いた。
どこまでも卑怯で汚い。
もっと嫌いになった。
「結局のところ、玲奈さんの事件の真相は……」
「あの時、その現場に若尾も、影山もおったらしい。沼田の娘達が玲奈を海に突き落とした時……その場におって、黙って様子を見とったんじゃ!!」
「どうして……?」
誰がそう呟いたのかなんて、この際重要ではないだろう。
「若尾の奴は、玲奈が自分になびかないことが面白くなかったんよ。少し、痛い目を見させて……溺れるあの子を助けて、カッコいい男を演じるつもりじゃったんかもしれん」
「でも、玲奈さんは助からなかった」
「……影山が言うとった。沼田の娘が、絶対に手を出すなちゅうて止めたんじゃと」
思わず和泉は彼女を見た。