この人も一応、いろいろ考えているんだな。
駿河は驚いていた。
日頃はヘラヘラと何を考えているのかわからない、むしろ何も考えていないのではないだろうかと思っていた和泉が、こんなふうに自分の推理を披露するとは。
昨日の夜遅く、彼から連絡があった。
【何かと表に出ていない、あの事件の真相を葵ちゃんも知りたいでしょ? はい、なら御柳亭に午前8時に集合ね。いいえ、ならいつも通り午前9時に県警本部に出勤だよ】
初めは冗談だと思った。
しかし、和泉はこんなことでふざけたりしない。
だからここへやってきたのだ。
ふと、上司の顔を見た。
青い顔をしている。
いつもなら和泉の言動に鋭いツッコミを入れるはずの彼も、今は悄然として黙りこんでしまっている。
そうだ。確かこの夫婦とは親しい間柄だったと聞いた。
今、どんな気持ちでいるだろう?
察することしかできないが、辛いに違いない。
そして。
そんな班長の感情を無視し、あえて真相を追及しようとする和泉の心情もまた、察することしかできないでいる。
「玲奈は……」
重森は語りだした。
「玲奈はワシらの宝物じゃった」
彼はたった1時間も経過しない内に、10歳ぐらい老け込んでしまったように見えた。
「あの子がよりによって沼田の娘と同じクラスになったと聞いた時……ワシはよほど、転校させようかと思った。あの頃はちょうど、暴力団関係者の取締りを強化しようという動きがあって……余計に心配じゃった。案の定……」
「あなたのせいじゃない!!」
そう叫んだのは妻の方である。
「あの女……そうよ、あの子を殺したのは、あの女!!」
彼女は立ち上がって結衣と、その後ろにいる沼田亜美に近づいてきた。
「若尾みたいなクズとお似合いだっていうのよ!! この女が、玲奈を殺したの!! そうよね? 奈々ちゃん!!」
奈々子は青い顔をして返事をしない。
「この女はね、若尾が自分のものにならないからって、邪魔な玲奈を殺そうって考えたの!! さすがにヤクザの娘だわ!! あの子が泳げないことを知っていて、海に連れ出して……突き落としたのよ?!」
「ちょ、ちょっと待ってください、落ち着いて!!」
気がつけば重森貴代は、うさこを押し退け、彼女の後ろにいた沼田亜美につかみかかっていた。
「貴代さん!!」
「奥さん!!」
坪井課長と班長が2人がかりで彼女を引き離そうとするが、すっかり興奮状態にあるため、男2人でもなかなか思うようにならない。
手を貸そう。
駿河が膝を立てようとした時だ。
「……失礼いたします」
ドアの向こうから声が聞こえた。あれは美咲の声だ。
「あの、ポットのお湯をお取替えいたしましょうか……?」
なぜこのタイミングで?!
駿河は急いで部屋の入り口に向かい、彼女に入って来ないよう告げようとした。
だが。
貴代は美咲を見た途端、なぜかふっと全身の力を抜いてしまった。
それから、フラフラと彼女の元に近寄ると、
「玲奈ちゃん……」
そう呟いて美咲を抱きしめた。
「玲奈ちゃん、ごめんね。苦しかったでしょう? 辛かったでしょう? お母さん、何もしてあげられなかった……助けてあげられなかったね……」
美咲は不思議そうな顔をして、頭の上にたくさんの【?】マークを飛ばしていることだろう。
しかし。
彼女は何がなんだか訳もわからないまま、知らない女性の背中に手を回した。
すると。
さっきまで怒りに猛り狂っていた重森貴代は、すっと目を閉じ、そのまま眠ってしまった。