そう言えば……確かに。
「やめんか!!」
そう大声で止めたのは彼女の別れた夫だった。
彼はゆっくりと元妻に近づくと、背中に触れた。
「……今は、この刑事の話を聞いてみよう……あんた、名前は?」
重森は和泉に向かって訊ねた。
「和泉です。捜査1課強行犯係の……高岡警部の部下の一人です」
「あぁ、噂には聞いたことがある。それで、ワシらを呼びつけた目的はなんじゃ?」
「ですから、若尾竜一殺害事件の真相について、お聞きしたいのです」
「何を今さら……」
重森は鼻を鳴らした。
しかし和泉は続ける。
「……事件現場であの晩、お二人の姿が目撃されています。なぜ、あんな場所におられたのですか?」
その情報は昨日、結衣達がつかんできたものだ。
「あんたは、どう読んどるんじゃ?」
「まずはあの事件の日のことをおさらいしておきましょう。旅行雑誌の記事を書くためにこちらへやってきた若尾は、夕方突然に、旅館を飛び出していきました」
誰も何も言わない。
「その目的はもちろん、大スクープをとるためですよ。他社を出し抜いて、追随を許さないほどの……ね。内容は恐らく、港でこれから行われる麻薬取引の現場。そこに現役警官が混じって黙認していれば、それは大層な話題になるでしょうね」
「……被害者は、たかが旅行雑誌の記者じゃろう?」
坪井課長が疑問を挟んだ。
「仰る通りです。しかしこの男、元々は全国的な新聞社の記者でした。エリート意識の強い人間だったと思われます。自分のまいた種で、新聞社を追われた後も、復帰をあきらめていなかった。復帰に必要なもの、それは間違いなく大スクープです」
ですから、と彼は続ける。
「大スクープと言えばまぁ、大きな事件とかスキャンダルですよね。坪井課長も夜討ち朝駆けに合ったことがあるんじゃないですか?」
坪井課長はふん、と笑った。
「ワシはそんな、大層な身分じゃないけぇの」
和泉はにっこりと笑って、なぜか重森を見た。
「それで、どうやって被害者はその取引きについての情報を得たんじゃ?」
和泉は笑顔のまま答える。
「もちろん、奴に情報を流した人間がいるんですよ……ねぇ、重森さん?」
重森は答えない。
坪井課長は信じられない、という表情で黙りこんだ。
「待ってくれ。被害者とシゲさんのつながりはどうやって?」
班長が質問を挟む。
「いくらお嬢さんのクラスメートだったからって、それは……」
あまり現実的じゃない、と彼は言った。
和泉は答える。
「それは……この若尾という元新聞記者には、便利なパシリがいたからです。それも、県警内部にですよ?」
何? と、2人の上長の顔色が変わった。
「この頃どうやら暴力団関係者と癒着している警官がいる。そしてここ宮島で、麻薬取引が行われているらしい……まだこの件は公になっていなかった頃の話です。あくまで【噂】の段階でした。でも、おそらくそのパシリ君は若尾にその件を話しました。この時点ですでに服務規定違反ですが、そこは我々の管轄外ですので置いておきましょう」
いいのかな、と思ったが先が気になる。
「坪井課長、どうかお気を悪くなさいませんように。警官と暴力団員の癒着となれば、一番に疑われるのは組対……4課の刑事です。何しろしょっちゅう、彼らと顔を合わせていれば……どうしても誘惑されることだってあるでしょう」
坪井課長は何も言わなかった。
事実だからか、そんなことがあるわけがないと考えているのかはわからない。
「もっと詳しいことを調べておけ、とでも若尾が言ったかどうかはわかりませんが……そうこうしている内に彼……パシリ君はまず、暴力団関係者と癒着している問題警官が誰なのかを突き止めたようです。この彼、学生時代から実に存在感が薄くて……近くにいても気づかれにくいという、便利な体質だったそうですよ」
結衣はあっ、と思い出したことがあった。
『あいつ、存在感が薄くて……近くにいるの気付かれにくくて、内緒の会話とか聞かれちゃうんですよね』
そうだ。重森玲奈と奈々子の同級生からそんな話を聞いた。
その『パシリ君』はつまり……。




