あなたの勇気に敬意を表します
『玲奈ちゃんが亡くなった、それも自殺したなんて聞いた時……すぐに嘘だと私は思いました』
あなたは自殺だとは考えていなかったのですね?
『もちろんです。確かにあの頃の彼女は、沼田亜美のせいで大変でした。でも玲奈ちゃんには目標があったんです。ご両親みたいな警察官になるんだって。一生懸命勉強して、毎日体も鍛えていました。警察の人は、イジメを苦にした自殺だってはなから決めつけて、私の話なんてちっとも聞いてくれませんでしたけど!』
そうだろう。
一度『自殺』と断定したものをひっくり返して再捜査する、なんて2時間ドラマでもない限りあり得ない。
『だから私、自力で調べてみることにしたんです。あの頃、沼田亜美の取り巻きだった子達に話を聞いて回って……でも……』
奈々子は顔を強張らせ、
『すぐにやめるよう言われました。いろんな人から言われました。お前の親を殺す、なんて脅されたりもしました』
それは……怖かったでしょうね……。
『だから私、逃げたんです……』
それは違う。
和泉はそう言ってやりたかったが、今は黙って彼女に話させよう。そう思った。
だけど。
顔を上げた彼女は、話を続ける。
『去年の話です。お休みの日にお買い物に行こうと思って、紙屋町へ出かけたんです。そうしたら。本当に偶然……若尾竜一に再会したんです』
ちょうどその日、若尾は実家に用事があってこちらに来ていたそうだ。
『本当なら二度と、顔も見たくない相手です! だって、そもそもあいつのせいで玲奈ちゃんは……でも……不思議なものですね。懐かしい顔に出会うと、つい気持ちが緩んでしまうのって……』
わかりますよ、と和泉は相槌を打つ。
立て続けに両親を亡くした彼女も、寂しさを感じていたのだろう。まして広島は地元だと言う訳でもない。
『向こうは私のこと、覚えていました。初めは懐かしさで少しお茶でも……って話になってそれから……時々、連絡を取り合うようになりました』
でも、と奈々子は表情を強張らせた。
『あいつを見ていると、必然的に玲奈ちゃんのことを思い出してしまいます。若尾の方もそのことに気付いたみたいです。この際だから、自殺だって片付けられた玲奈ちゃんの事件のこと、本当はどうだったのかって今こそ探ってみることにしました。あの時、あいつも現場にいたらしいって聞いたものですから』
ふと、和泉には思い出したことがあった。
被害者が【御柳亭】に宿泊した際、その旅館の仲居である奈々子と、目撃者の証言によれば『親しそうに』話していたということだが、それは悪意あってのことだろう。
そう証言したのは確か、重森玲奈の母親だ。
確かに彼女は被害者と接触していた。
でもそれは、彼女なりに真相を調べるためだったのだ。
『でもあいつ、狡賢いっていうんですか。結局のらりくらりとかわされて……2、3回ぐらい会った後は、連絡も一切とれなくなりました』
そんな時です、と奈々子は苦しそうに続ける。
『玲奈ちゃんのお父さんを宮島で見かけたんです。それ自体は別に、何でもありません』
そうですね、確かに。
『けど……私、他の仲居さん達が噂していたから知っているんです。玲奈ちゃんのお父さん、いつも同じ人と会って何か話していました。そしてそれは、あの沼田亜美の家の……魚谷組のヤクザです』
寒そうに語る彼女が言う『ヤクザ』とは、恐らく支倉のことだろう。
『それで、どんどんと心配が膨らんで行きました。まさか玲奈ちゃんのお父さんは、彼女の死の真相を探り続けて……真相をつかんだんじゃないかって。そうしたら考えられるのはただ一つ、復讐……それだけです』
彼女が考えたことは、おそらく正しい。
『でも、そんなこと……無理です。素人の私にだってわかります。暴力団相手に1人で何ができるって言うんですか?』
仰る通りです。
『それで私、思い切って玲奈ちゃんのお父さんに連絡しました。必ず、玲奈ちゃんの事件の真相を……若尾から話させるから、きっと謝罪をさせるから、絶対にバカなことは考えないでくださいって』
向こうはなんて……?
『何も言われませんでした。でも……ただ、ありがとうって』




