ああもう、いろいろうるさいなぁ……。
『伊豆の稲取温泉だって! そこに奈々子さんのお祖母さんがいるらしいよ!! もしかしたら、そこにいるかも』
周からの情報が入り、これで行き先は決定した。
伊豆半島は静岡県の最東部に位置する。
どうせ片っ端から探すなら、と熱海まで切符を買って正解だった。
ここから伊豆急行に乗り換えて……と思っていたら、北条はすたすたと改札口を出てしまう。
「ちょっと、警視……? じゃない、ユッキー?!」
新幹線に乗って以降は、公の場で『警視』って呼んだらブン殴ると脅され、和泉は仕方なく彼をそう呼ぶことにした。
「レンタカー予約しといたのよ。車の方が早いわ」
なるほど。
レンタカーに乗り、稲取温泉を目指す。
「それにしても、何君だったかしら? ほんと可愛い子よねぇ~。彰ちゃんの役に立ちたくて仕方ないって感じ。素直そうだし、純情そうで、あんたが何一つ持ち合わせていないものを全部持ってる感じね」
「素直で純情なんです、周君は」
はいはい、と北条は運転席に座ってシートベルトを締める。
「それで、そのなんとかって言う仲居の子に会ってどうするの?」
和泉もシートベルトを締めて、地図を広げた。
「彼女は、我々の知らない何かをつかんでいるはずです。それに。被害者が殺害された真の動機は、必ず他に存在します」
「何それ、刑事の勘?」
熱海から稲取までは国道135号線をひたすら南下するようだ。
「そうです」
「ふーん……ま、アタシはおもしろければそれでいいわ」
稲取に到着する。やや寂れた感じが否めない、海沿いの温泉地。
「賀茂東署に寄っていくわよ」
ドライバーは相変わらず北条である。和泉には逆らうつもりは毛頭ない。
田舎町の警察署あるある、ではないが、すっかり老朽化した古い建物に一部文字の剥げかかった看板。日焼けしてすっかり色あせた垂れ幕。
車を駐車場に停めて、迷いなく地域課の看板がかかっているスペースに向かう。
北条は手短に用件を述べ、奈々子の顔写真を見せた。
応対した職員の反応は薄かった。しかし。
彼女の親族が今も住んでいるという情報については、詳しいことがわかった。
奈々子の祖母が経営している民宿が海の傍にある。
詳しい住所も聞いた。
駐車場に戻り、再びレンタカーに乗り込む。
通りかかる民家の玄関に門松や〆縄が飾ってあるのを見て、
「そう言えば、世間ではお正月なんですね……」
和泉は独り言のつもりで呟いた。
「そんなもの、アタシ達には何の関係もないわよ」
それはそうだ。
車はゆっくりと、制限速度を守って目的の民宿に近づいている。
「その点はチンピラ達も同じみたいね」
「え?」
が。急に北条がブレーキを踏んだので、和泉は上半身を前につんのめらせた。
「な、何やってるんですか?!」
しっ、と唇に人差し指を当てる仕草。
和泉も口を閉じて、周囲の様子に全感覚を集中させた。
北条は車を路肩に停めたかと思うと、いきなりシートベルトを外して車外に出、そのまま走りだした。
「ちょっ、けい……ユッキー?!」
慌てて和泉も車を降りる。
特殊捜査班の隊長は尋常ならざるスピードで、古い木造家屋のひしめき合う、狭い道を走り抜けて行く。和泉もその後を追った。
こんなことなら、スーツじゃなくてもっと動きやすい格好にすればよかった。
靴も革靴じゃなくて、スニーカーにすれば……。