欲しいものって言われても……
「それにしても、すごい人ねぇ……」
ビアンカが溜め息交じりに言う。
正月の繁華街はいつも、福袋を求める人達でものすごく賑わう。
美咲は福袋にそれほど興味がないので、年末から行列を作って並んでいる人達の気持ちが正直、理解できない。
それにしても。
友人と正月に買い物なんて、もしかしたら初めてかもしれない。
少し浮ついた気分で歩いていると、
「賢司の具合はどう?」
「……相変わらずよ。早く入院して欲しいわ」
思わず本音を口にしてしまった美咲は、はっと口をつぐんだ。ビアンカはどう返事したらいいものか、という表情をしている。
「ごめんね、変なことを言ったわ」
目を泳がせていたビアンカは不意に、驚きの声をあげた。
「……あら? 今、葵が歩いていたわ……」
彼女の視線の先を追う。
ここから県警本部は歩いてほんの5分ほどだ。彼が歩いていても何の不思議もない。
美咲は思わず背伸びをして駿河の姿を探した。
本当だ。若い女性と並んで歩いている。顔は見えない。
もしかして、新しい彼女だろうか。
少し前にそんな存在がいると聞いた。
さすがに彼も元日ぐらいは休むだろう。
貴重な休日に彼女とデート、そんなところだろうか。あの人は口数こそ少ないものの、気持ちはとても優しい人だ。
会話が続かないと落ち着かない、という女性でなければ、たぶん上手くやって行けるだろう。
そう考えたらひどく寂しい気分がした。
「美咲、そんな顔しないで! 私が何か美味しいもの、おごってあげるから」
どうやら、相当悲惨な表情をしていたらしい。
「大丈夫、ありがとう……」
そう、私なら大丈夫。
美咲は必死に自分にそう言い聞かせた。
ところで。
自分はあまり物欲のない人間らしい。
生い立ちがどうこうではなく、本質的に物への執着心が薄いようだ。
バーゲンに出かけたものの、欲しいものが思い当たらず、結局買ったものは賢司のワイシャツとネクタイ、周のシャツと靴下である。
自分の買い物といえば、ビアンカがほぼ強制的に試着させてきたワンピースぐらいだ。
これを着て今度一緒に美術館に行きましょ、と言われてなんとなく、そういうものかと購入した。
デパートを出ると、既に午後2時近くである。
「お腹空いたわね。どこかでお昼、食べて行く?」
そうね、と返事をしてから大通りを歩き出す。
しばらく歩いていると、通りの真ん中で通行の邪魔をしている集団がいた。
女性が1人、腰に手を当てて立っている。後ろ姿がなんだか偉そうだな、と思った。
それに対峙しているのが3人の男性。
何となく、だが。ただごとではないと思った。
通りすがる人達は迷惑そうに顔をしかめながらも、関わり合いになりたくなさそうに、ちらちら見るだけで無言の内に去っていく。
「……だから、どういうことかって聞いてるの!!」
女性の声。
「どうもこうも、なぁ?」
「……お嬢さん。残念じゃけど、俺らはもう、あんたの父親の管理下にはないんよ」
なんとなく気になってしまって、美咲は少し後ろを振り返った。
すると。
きゃあっ、と短い悲鳴をあげて女性が転んでしまったのを見た。どうやら男の1人に突き飛ばされたらしい。
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
女性は叫んだが、男達は誰一人振り返ることなく、さっさと歩いて行こうとした。
が……。




