表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

142/175

あなたって意外と変わってるわよね

「美咲。君のお父さんの誕生日は、本当に11月7日で間違いないんだね?」


 元日の午前中。


 炬燵で相変わらずノートパソコンに向かっている賢司が、いきなりそんなことを言い出した。


「……私が嘘を言ってるとでもいうの?」


 三毛猫の身体をブラッシングしていた美咲は、カチンときて手を止めた。


 返事はない。


 もう終わり? と言いたげな猫の頭を撫でてから、美咲は立ち上がる。


「私、ビアンカと出かけてくる。お昼ご飯は用意してあるから、周君が」

「どこに行くの?」

「バーゲンよ」


 今日は一緒に買い物に行く約束をしている。


「彼女に会いたいなら、家に来てもらえばいいじゃないか」

 カタカタ、とキーを叩きながら賢司は言う。


 美咲はふと、思ったことを口にした。

「もしかして……傍にいて欲しいの?」


 具合を悪くしてから夫の様子が少し変わった気がする。が、気のせいだったようだ。


「早く出かけておいで」


 再び、頭にきた。


 美咲は賢司に背を向けて、思わず力をこめ、思い切り襖を大きく開ける。


 思いのほか滑りがよく、たーんっ、と派手な音を立ててしまった。


 ふぅ、と溜め息。それから、


「……君のお母さんの怒った顔を、一度も見たことがないって、父が言ってた」

 驚いて美咲は振り返る。


「……あなたのお父さんが、私の母のことを……あなたに話したの?」


 藤江悠司という人は少し変だ。


 自分の息子に、愛人について語るだろうか?


 そんな美咲の内心を読みとったかのように、賢司は悪戯っ子のような表情を浮かべた。


「そうだよ。父は少し、変わった人だった」


 まぁ、あなたを見ていればわかるわ……なんて、美咲は口にしたりしなかった。


 階段を降りると、周がちょうど戻ってきたところだった。

「周君、お帰りなさい」


「ただいま……っと」

 茶トラが遊んで~、と弟にまとわりついて、跳ね回っている。


「姉さん、どっかに出かけるの?」

「うん、ビアンカとね……バーゲンに行こうかなって」


「ふぅん……あ、そうだ。奈々子さんなんだけどさ、行きそうな場所って心当たりない?」

「奈々子さん……」


 そうだ。


 あれきり、彼女の行方はわからないままだ。


「出身地とか、思い出の場所とか」


「あんまり、自分のことは話さない人だったから。あ、でも。静岡県の伊豆にお祖母様がいらっしゃるとか」

「伊豆のどこ?!」


「確か……」


「思い出して、大切なことなんだ!!」


 それほどおしゃべりな方ではない彼女から聞いた、多くはない情報。

 美咲は必死で記憶を辿る。


 あれは3月の話だっただろうか。


 ロビーに小さな雛壇を飾るのはどうだろう、と奈々子が提案した。


 両親の田舎では、天井から吊るす形の雛祭りがあって……。


「雛祭りにはつるし雛を飾るとか……そうだわ、金目鯛の漁獲量が日本一とか」


 やっぱり駿河湾と瀬戸内海じゃ、獲れる魚が違うんですね。


 奈々子がそんなことを言っていたことを思い出す。


 周はポケットからスマートフォンを取り出し、何やら必死に操作している。相手にしてもらえなくなった猫が爪を立てても、邪険に振り払うばかりである。

挿絵(By みてみん)


「確か、お祖母様は民宿を経営されていたんじゃなかったかしら」


「へぇ……民宿……って、いってぇ~っ!! この、バカ猫!!」


 ふん、と鼻を鳴らしたような顔で茶トラは走っていく。


 しかし彼はすぐに気を取り直して、どこかへ電話をかけ始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ