いわゆる刑事の勘ってやつです
イラストは深森様よりいただきものです。
相方が黙りこんだので、和泉はもう一度最初から、今回の事件で得た情報を整理しようと思った。
被害者は元新聞記者だった。
今はしがないマイナー旅行雑誌の記者だが、まわりには未だに社会部の記者だと吹聴していたらしい。
女癖の悪い男。
同棲している女がいながら、旅先で、ネットで知り合った女と同宿。
女性に対しても、会社に対しても忠義を知らない人間。
自己主張が激しくて名声を追うことに必死。
御柳亭に宿泊した際、慌てて部屋を出て行って本土に戻ったのはおそらく、何か決定的スクープをつかむチャンスを得たと考えていいだろう。
それが何かはわからないが、とにかく何者かがあの場に被害者を呼び出した。
さらに、奈々子は被害者とかつてのクラスメートだった。
彼女の親友の死因の一つに、この男が関わっているとも言える。
突然、何も言わずに姿を消した理由は……彼女が事件に何かしらの関わりを持っているからだろうか。
「……で、静岡って言ったって東西に長いわよ? 広島と一緒で。どこからどうやって手をつけるつもりなの?」
窓から外を眺めていた北条が、再び問いかける。
そうなのだ。親戚の住所はつかんでいるが、必ずしもそこにいるとは限らないし、まったく考えもつかない別の場所に身を隠している可能性だってある。
女性が1人で暮らして行くために、どうやったら……と、考えてふと肝心なことを思い出した。
「そうだ、彼女は仲居さんでした」
「ああ、なるほどね。たぶん温泉地にいるってこと?」
「温泉だって、全国各地にあります。それこそ、北海道から九州まで」
「……じゃあ、なんで静岡に向かってるのよ?」
「勘です。彼女の親戚が、県内に大勢いるらしいので」
北条は呆れた表情を見せた。が、
「ま、あんたの勘を信じるとして……伊豆半島をぐるっと一周するつもり?」
「他にもありますよ、県内に温泉は」
「……それで、どこから探すの?」
どうしよう?
次は名古屋~、お忘れ物ございませんようご注意ください……。
ぐるぐる。頭の中でいろんな考えが巡りめぐって、上手くまとまらない。
結局のところ、ただ単に遠くへ行きたかっただけかもしれない。
現実逃避と言う名の……。
「あ、そういえば……」
思い出したように北条は言った。
「どうやら、聡ちゃんって噂の重森っていう巡査部長とは旧知の仲らしいわね。あんたと出会う前の相棒だったらしいわよ?」
「知ってますよ、それぐらい……」
「あの人、杖ついて歩いてるんですってね? それもどうやら、原因が聡ちゃんにもあるらしいって聞いたわ……」
それは知らなかった。
「だからなんでしょうね。彼、どことなくやる気がなかったって言うか……ずっと沈んだ顔色をしていたの」
そういうことだったのか。
どうして、本当のことを話してくれなかったのだろう。
「聡ちゃんを責めるのだけは、やめなさい」
こちらの胸の内を見透かしたかのように、北条が言う。
「彼も人間よ」
わかっている。
聡介は誰よりも情に厚く、およそ刑事らしくない刑事だ。
だからこそ、大好きで尊敬してやまない父親のような人……。




