人は見かけによらないって、ほんとね。
それにしても、一番わからないのは和泉だ。
優しいのかと思えば、時々ひどく冷たい。
その時ふと、思い出したことがあった。
「そういえば……日下部さんって和泉さんと同期なんですよね? あの人、昔からああだったんですか?」
「ああって、どうだ?」
「だから、ほら……意味がわからないってこと」
すると。彼は首を横に振った。
「……いや。初任科の頃はなぁ……あんなんじゃなかった気がするな。まわりから浮いてたのは確かだけど、今とは別の意味だ」
「別の意味?」
「まったく周囲の人間と馴染もうとしない、暗~いタイプだったな。今もそうだけど、当時も何考えてるのかわからなくて、言ってみれば輪を乱すタイプだな」
へぇ~……意外。
輪を乱す、と言うのは今もそうだが。
初任科の頃からきっと、空気が読めなくて、ヘラヘラ笑って過ごしていたのだと思っていた。
「でもさ……あいつ、特別だったんだよな」
「特別って、どういう意味です?」
「簡単に言えば頭もいいし、身体能力も高い。初任科にいる間に、特殊捜査班の隊長が自ら和泉の奴をスカウトにやってきたんだよ」
なんとなく納得。
あんな人だけど頭は悪くないし、噂に聞いただけだが、腕も立つらしい。
「そしたらさ、わかるだろ? 特殊捜査班っていわばエリート集団だぜ? 当然ながらみんな、羨ましいって思うわけだ。けどあいつは……一度だってそのことを自慢したりしなかったな。もっとも、他の人間と滅多に口もきかなかったけど」
嫉妬。
一番わかりやすい、人間の持つ負の感情である。
「それで、まさか……嫌がらせにあったとか?」
口にしてから結衣はいやいやいや、と激しく首を横に振った。
「和泉さんが、まさかそんな!! あの人は他人をネタにして遊びまくるけど、そんな……」
「そのまさか、だ。今のあいつからは想像もつかないだろうけどな」
うそ……。
「まさか、日下部さんも……?」
「俺か? 俺はそんなことしてない!! だいたい、あいつとはクラスが違ってたし」
そうだろう。
もし過去にそんなことがあったら、あの執念深い和泉のことだ。今になって仕返しをするに違いない。
「何があったんです? 当時」
相棒は溜め息をつきながら、それでも答えてくれた。
「……何年か前にさ、自殺した自衛隊員のニュースがあっただろ。あとほら、なんとかっていう相撲部屋の弟子がさ……稽古と称して、集団リンチに遭って……」
幸いにも結衣自身は経験したことも、目撃したこともないが、警察学校の授業では武術が必須であり、その時、ここぞとばかりに日頃から恨みのある相手に、攻撃をしかけるらしい。
閉鎖的な警察学校での生活に不満を覚える生徒も少なくないから【授業】【訓練】という名の元に日頃のストレスを発散する。
それが【イジメ】と何の差があるだろうか。
「あいつ、ずっと黙ってた。何をされても……」
意外すぎる話に結衣の頭はやや、混乱しかけていた。
「日下部さんは……知ってて、黙っていたんですか?」
思わず結衣はそう口にしていた。
すると。身体は大きいクセに小心な相棒は、いつになく真面目な顔で答えた。
「……正しいってわかっていることを、実践するのにはそれなりの勇気がいる」
その通りだ。この人は時々、真理を突いた事を言う。
臆病者、と罵るのは容易い。でも。もし自分がその場にいたとして、果たしてどう行動していたか、なんて……わからない。
ふと結衣は失踪した須崎奈々子のことを思い出した。
彼女は友人が謂れのない理由でイジメに遭っているのを見て、どんな気持だっただろう?
もしかして。あんなふうにいつまでも卒業した学校の制服をしまってあるのは、自戒の意味を込めて?
亡くなった友人のことを、決して忘れてしまうことがないように。
その時だった。
不意に、会議室の外がざわめき始めた。
結衣と日下部は顔を見合わせ、廊下に出た。
【報道】の腕章をつけた記者達が、刑事部長とその腰巾着である捜査1課長にまとわりつき、次々と質問を浴びせかけている。
いったい何がどうしたというのだろう?




