無事で良かった!!
これで何度目だろう。
和泉は御柳亭への道を走った。
先ほど交番で見た和服姿の男には見覚えがあった。確か、魚谷組を仕切っている支倉と言うヤクザの愛人。
美咲からちらっと聞いたこともある。
ライバルの旅館である白鴎館の若旦那は、何かとこちらを敵視している、と。
嫌な予感しかしない。
玄関ロビーに到着すると、思いがけない女性に出迎えられた。
「ビアンカさん? 何をやってるんです」
前回の事件で知り合った金髪碧眼の女性が、なぜかこの旅館の制服を着ている。
確か大学でドイツ語を教えているんじゃなかったか?
「……コスプレじゃないわよ? ちゃんとアルバイトしてるんだから」
それはさておき。
ロビーは惨憺たる有様であった。物が散乱し、ところどころ濡れている。割れた花瓶や壊れた備品、散らばった宿帳などで足の踏み場もない。
仲居達が必死でそれらを片付けている。
その中には美咲の姿もあった。
「そんなことより、周君は?!」
和泉は思わず、初めて上京した田舎者のようにキョロキョロしてしまった。
「周なら、さっき見かけたけど……」
とか言ってたら、
「和泉さん?」
周が怪訝そうな顔でロビーにやってきた。
和泉は思わず彼をがばっ、と抱きしめてしまう。
「周君、無事だった?!」
思いの他抵抗がないのをいいことに、腕に力を込める。
「無事も何も……ひょっとして、あのヤクザ屋さんのことで心配してる?」
予想外の問いかけに和泉の方が驚き、思わず力を緩めてしまった。
その隙をついて周はすっ、と身を離す。ちっ。
「……前にもあったんだよな、似たようなこと」
「どういうこと?」
「あの、支倉って言う人だろ?」
「……知ってるの?」
「何度か会ったことある。前に会ったのは、あのオカマがいる旅館。賢兄がすっごい警戒してて、何かおかしなことされなかったかとか……何なの?」
周は不思議そうな顔をしている。
余計な情報は吹き込まない方がいいだろう。和泉はそう考えた。
支倉が正真正銘、その手の趣味の持ち主だということは、友永から聞いて和泉も知っている。
あの男なら相手が未成年だろうが何だろうが関係あるまい。
「それで、その男は?」
「さぁ? 最初は俺が部屋係担当だったんだけど、ビアンカさんが代わるって……」
思わず和泉はビアンカを見た。
話を聞いていた彼女は、ドヤ顔でVサインをしている。
これは何かお礼をしなければなるまい。
「それよりさ、和泉さんの仲間が妙な所にいるけど……合流しなくていいの?」
「僕の仲間? 妙なところ?」
「裏口に回ればいいよ」
和泉は素直に従うことにした。




