お約束って嫌いじゃないぜ?
「僕は何も悪くない! こいつらが、この女が……!!」
訳のわからない悲鳴を上げながら、オカマは連行されていく。いつの間にやって来ていたのか知らない警官達に取り押さえられて。
驚いた。
まさか、あいつがこちらに来ていたなんて。
意味不明なことを喚き散らし、手当たり次第に物を投げつけるという、大変な迷惑行為を繰り広げていた【白鴎館】の若旦那である、斉木晃を取り抑えてくれたのは……周もよく見知った顔だった。
駿河と、彼とよく一緒にいる、智哉と仲の良い刑事。確か友永とかいう。
2人はどこから連れて来ていたのか、制服警官と一緒だった。
オカマは制服警官に連行され、どうにか旅館から出て行ってくれた。
「いったい、何があったんだ……?」
不思議そうに声をかけてくる駿河に対し、周もなんとも答えようがなかった。
「こっちが聞きたいぐらいだよ。つーか、なんでここにいんの?」
「……仕事だ」
ほんとかよ、と一瞬だけ思ったが黙っておく。
「俺にも何がなんだか、さっぱりだよ。突然やってきて『潤さんはどこだ?』とか騒ぎだしてさ……」
「潤さん?」
「うちのお客。詳しいことは知らないけど……そうだ」
少し前に読んだ小説のことを周は思い出した。
あれは旅館ではなくてホテルだったけれど、夫が浮気をしていると感じた女性が、ここに夫が宿泊しているはずだから、愛人と一緒にフロントへ連れ出せ、と怒鳴りこんだ……そんなエピソードが書かれていた。
もしかして。それと同じじゃないだろうか?
周がそのことを口にすると、駿河は少し黙りこむ。
「私も周の言うとおりだと思うわ」と、ビアンカが同調してくれた。
駿河は顔にこそ出していないが、少し驚いているようだ。
「……なんで君が、ここに? ビアンカ……」
「私、臨時アルバイトなの」
ビアンカはニッコリ笑って、姉の肩に手を置く。
「あの様子はただごとじゃなかったわね。修羅場っていうやつ? 私も何度か見たことがあるから、空気はわかるわ」
この人も、彼氏の浮気相手の女性宅に乗り込んでいったことがあるのだろうか?
周は思わずビアンカの横顔を見つめた。
「ちょっとやめてよ! 私はそんなこと、したことないから!!」
え?! なんで、バレたんだ……?
周は震えて目を逸らした。
それから駿河はぽん、と周の肩を叩く。
「他に何か、気になったことは?」
「あのオカマ、妙なこと言ってた。末端価格がどうの……狙いは金か、とか?」
「末端価格……?」
駿河は今度こそ、長考に入ってしまった。
周はちらりと時計を見る。
そろそろ準備をしないと、夕食の提供時間になる。
美咲、と彼は姉に声をかける。
だから、人ん家の姉さんを気安く呼び捨てにすんじゃねぇよ。
「奈々子さんから、あれから連絡は……?」
姉は黙って首を横に振る。
そう言えば。奈々子という仲居が突然、姿を消したらしい。
「ねぇ、葵さん。奈々子さんはいったいどうしたの……?」
いつの間にか紛れこんでいた三毛猫がにゃあ、と鳴いて駿河の足に爪を立てる。
彼はしゃがみ込んで猫を腕に抱くと、
「今は、何も言えない」
それはそうだろう。
「……しばらくは、こっちにいる。何か異変があればすぐに連絡してくれ」
彼は相棒に行こう、と声をかけ、猫を片手に出て行く。
というか、結局のところ何をしに来たんだろう?
あれか。ヒロインのピンチには必ず、どこからともなく駆け付ける主人公。
ビアンカが隣で呟く。
「葵って、主人公タイプね」
そうかもしれない……。




