つい、黙っていられなくて……。
それから、元担任教師はゆっくりと話し出した。
「若尾君は、玲奈ちゃんのことが好きだったんですよ」
「2人は付き合っていた、と?」
「いいえ。玲奈ちゃんは若尾君が好みじゃなかったのか、他に理由があるのか知りませんが……彼の片想いだったようですよ」
すると。
出されたお茶を一口飲んでから、和泉が意地の悪い眼をして訊ねる。
「応えることができなかったのは、沼田亜美という少女のせいではありませんか?」
「……」
「彼女、ヤクザの娘だそうですね。その上、若尾竜一に好意を寄せていた……」
そういうことか。
結衣にもピンときた。
ヤクザの娘に睨まれたらどうなるかなんて、誰にでも想像がつく。
元教師はしばらく迷いを見せていたが、時効だと思ったのか、
「……そうです」
「今さら、教師としての責任だのなんだの、そんなことを問い詰めるつもりはありませんから、正直にお話してください。重森玲奈という少女はイジメのターゲットになっていたりしませんでしたか?」
和泉の前置きが効いたようで、元教師は黙って頷く。
「……彼女が元々、大人しい子だったということに加えて、お父さんのことも原因の一つでした」
「お父さんのこと?」
「玲奈ちゃんのお父さんは、あなた達と同じ……県警の警察官でした。ちょうどあの頃、暴力団関係者絡みの事件を一斉摘発っていうんですか、県内がゴタゴタしていたこともあって……沼田さんは、玲奈ちゃんのことを目の敵にしていましたよ」
「そんなの、逆恨みじゃないですか!!」
思わず結衣が声を上げると、和泉にそっと目で静かにするよう言われてしまった。
「でも、玲奈ちゃんは奈々子ちゃんが味方でいてくれたから、孤立することはなかった……と私は見ていたんですが」
ですが、の後に何が続くのだろう?
しかし続きはなかった。
「その時、若尾竜一はどういう立場を取っていましたか? 重森玲奈さんの味方をしてくれたんですか?」
和泉が質問をかぶせる。
元教師は首を横に振る。
「こういう言い方はなんですが、面倒なことには関わり合いになりたくないっていう様子でした。もちろん、沼田さんの家族のことが恐ろしかったのも確かだと思います」
無理もないな、と結衣は思った。
もし自分が同じ状況に立たされたら?
考えるまでもない。皆、我が身が可愛いのだから。
和泉はしばらく黙って何かを考えていたが、やがて口を開いた。
「先生、若尾さんについての評判を聞いた限りで口にしますが。彼は明るくて活発でクラスの中心人物……悪く言えば、目立ちたがりでお調子者、かつ狡猾なタイプ……そうではありませんか?」
元教師は黙っている。が、結衣にはそれが肯定の意味だと思えた。
「彼が新聞社を追われて、代わりに旅行雑誌の記者になったことはご存知でしたか?」
「えっ? いえ、全然……実は3年ほど前に、同窓会があったんです。その時も楽しそうに新聞社でのエピソードを話してくれたから……」
確か若尾が新聞社にいたのは3年よりも、もっと前の話だ。
おそらく、プライドが邪魔をして本当のことを言えなかったのだろう。