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デブまっしぐら

 先日、主治医に相談し、薬を変えてもらった。

 確かに食欲を増進させる強い薬が、私には処方されているらしかった。その薬を省いた代償と言ってはなんだが、私は夜、なかなか眠れなくなった。苦労して寝付いても、一時間や二時間で目が覚める。結果的に日中、微睡んで過ごしているが、食欲が目に見えて落ちた。よかった!


 

 さて、前々回の話では、私がデブになったゆえんを書いていたと思うが、今日はその続きの話をしようと思う。

 高校卒業とともに、私は浪人になった。紆余曲折を経て大学生になったがそれも長くは続かなくて、休学の果てにひきこもりになり、苦労して入った大学を退学することになった。


 この辺りでは、体重にそこまでの変動はない。モデル体重ではないが、標準体重。ぽっちゃりではあるが、デブではない。そのあたりをウロウロしていた。

 両親とは折り合いが悪く、ある日の父との口論をきっかけに私は家を飛び出し、当時の彼氏の元へ転がり込んだ。そして三年、家にはもどらなかった。


 三年目が過ぎるころ、私と彼氏は結婚することになった。生活が苦しかったからだ。一冊千円を下回る値段の本が高いと感じるようになっていた。


 三年を過ぎて、結婚してからがデブの始まりだったように思う。     





 

 私の母はどうぶつに対する愛護精神が強く、お肉を食べない。それでも私が小さいころは、私と父のためを思ってか、肉料理を食卓に出してくれることもあった。

 が、焼肉とかステーキとかはもってのほかであり、「牛は豚や鶏に比べて人間に近いから」という彼女のよくわからない理屈で、牛肉だけは食べてはいけないことになっていた。

 

 小学生から家を飛び出すまでの間、私の家の食卓からは肉が少しずつ消えていった。父が魚が好きだったことも関係があるだろうが、夕飯のメニューは焼き魚や魚の煮つけやお刺身がメインであり、副菜に野菜料理がついてくる。肉が好きだった私は、そんなバランスの良い食事を嫌った。私は魚も野菜も好きじゃないし、それは母も同じで、お菓子やパンやジャンクフードでおなかを満たしていた。父は母の思想の影響を受け、肉を食べなくなっていった。このころの栄養バランスを無視した生活により、見た目にはわからなくとも、体脂肪としての肉は増えたのだと思う。食卓から肉は消えたのに。


 家を出たことにより、私は魚と野菜の生活から解放された。自分の食事を自由に設定できるようになった。

 私は料理好きだったこともあり、その趣味に没頭した。肉料理や手作りのお菓子を食卓に出して、夫と一緒に食べた。

 夫は痩せの大食いタイプで、いくら食べさせても太らない。加えて男性らしくラーメンや牛丼、お寿司やカレーと言った食べ物が好きで、休みの日になると二人で外食に出かけた。高いものは食べられなかったが、よく言ったのが丸亀製麺、スシロー、ココイチ、すき屋あたりじゃないだろうか。食べ物を残すことが嫌いだった私は、注文したものは残さず食べた。夫はそんな私を好ましく思ってくれた。

 そして、「もっと食べなよ」と言うのだった。

 私は女性ならばともすれば残すかもしれない一人前の量では物足りなくなり、夫の勧めに従って大盛りにすることもあった。また、夫は仕事帰りに、お土産にコンビニでお菓子を買ってきてくれた。

 

 ……書いてて思った、太らない方がおかしい。



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