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世界の平穏はラブと病(+神様)でできている!

作者: 甘味処とお客様雛子

恋愛系の短編になります!是非ともご閲覧ください!

「……眠い」


 今日何度目かの、そんな呟き。

 自分の声すらも掻き消すような教師の声で、今は何とか意識を保っている状態だ。


 俺の席は、1番後ろの列の真ん中。

 ここだと、眠くなるような太陽の陽気に当てられることはないが、それは暇つぶしに窓の外を見るという選択肢も失われるということ。


 ふと、窓際を見ると、1人の少女がうつらうつらとしていた。


 小さな顔がコックリ、コックリと落ちては、いけないいけない、と端麗な顔を震わせ、意識を覚醒させている。大きな目は今にも閉じそうで、瞼は眠いとき特有の半開状態、とでも言うべき様子だ。


 ……いや、それすらも無くなった。


 グウグウ、と机に突っ伏している所から、相当眠かったであろうことが窺える。本日5人目の脱落者だ。


 俺はそんな少女を気にかけつつ、淡々と文字が書き込まれる黒板に目を向ける。


「えー……だからして植物は酸素を吸収し──」


 俺は時計に目を向けると、それはちょうど12時40分を指していた。それ即ち……


「キーンコーンカーンコーン」


 4時限目終わりのチャイムが鳴り響いた。


「あー……じゃあ、これにて4時限目は終わりとする。各自昼食を済ませておくように」


 科学分野教師、武井(たけい) 長人(ながと)はそう言って、荷物を持って教室を出た。

 木曜日の昼食時間、これほど嬉しいものもない。

 ふと窓際を見ると……4時限目と同じ場所で、1人でポツンと、飯を食べる準備をしている少女がいた。


「おい信吾、屋上行こーぜ!」

「ん……ああ、先に行っててくれ」


 俺は誘ってきた友達……唯人を先に行かせ、少女に話しかける。


「ねぇ……相席いいかな?」

「……」


 俺が話しかけるが、少女は俺の声なんて聞こえないとでも言わんばかりに淡々と食事を始める。

 流石に、食べるのを邪魔するのは酷いだろう。

 俺はそう思い、気にかけつつも、屋上に向かった。


◇◆◇◆◇


 また、あの少女、一人ぼっちだ。

 このクラスでイジメがあるなんて聞いたことないし、俺が見た限りではイジメなんて無いと思うが……もしかして、俺に対してしたみたいに、自分から孤独を選んでいるのか?


 俺はそう思いつつ、1人本を読んでいる少女に声をかける。


「やあ、おはよう! いい天気だね!」


 少女は昨日のように、俺のことを無視。

 そんなことを何日も続けていくうちに、俺と少女の関係が変に噂されるようになった。しかし、少女はやはりそんなこと関係無いとでも言わんばかりに黙り、俺のことを無視している。


 時折俺の方を向いては、悲しそうな目を俺に向けるだけだ。


 俺と少女のそんな乾いた関係は気づけば3週間も続いていた……そんなある日。


「やあ、若葉さん。今日も良い天気だね」

「……ええ、昼寝したくなっちゃうくらい」


 ……唐突に。そう、突然、そんな応えが返ってきた。俺は半分諦めかけていたので少しばかり驚きつつ、初めて聞いた可愛らしい声の、若葉さんとの会話を続ける。


「やっぱりそう思う? 春の天気の晴れの日って、のどかで、眠くなるよね。そうだ、良かったらなんだけど……連絡先とか、教えてくれない?」


 俺の言葉に、少女……『若葉 楓』さんは、本から目を逸らさず、淡々と答えた。


「そうですね……メールアドレスならいいですよ」

「ありがとう、これからもよろしくね」


 若葉さんはそう言いながら、ポケットからメールアドレスの書かれた紙を、机の上に置いた。

 俺はそれを受け取り、機嫌良く自分の席へと戻っていった。


◇◆◇◆◇


 若葉さんにメールアドレスを教えてもらってから、半年が経過した。あの日の何日か後、体育祭があったのだが、若葉さんはその日は姿を見せなかった。


 体でも悪いのだろうか? とは思いつつ、体育祭の結果についてメールを送った。

その内容というのも


『体育祭、優勝したよ^ ^』


と送ったら


『あっそ。どうでもいいですけどね』


という、かなり辛烈な返信が返ってきたのは誰にも言えない。


 今日は文化祭で、若葉さんはウチのクラスの露店である、メイドカフェについて色々調べていた。

 確か、商品の購入とかも担当していたハズだ。


 若葉さんは、今回の文化祭では、人一倍頑張っていたように思える。

 当然打ち上げにも来ると思い、メールで連絡を入れたのだが、若葉さんは行きたくないとのことだった。


 ……ということで。

 やってきました、レンガ造三階建、若葉さんのお家!


 若葉さん宅の場所については、この間先生から休みの分のプリントを届ける、という名目で教えてもらっている。


 その時に実際に届け、教えられた住所が若葉さんの家であることも確認済みだ。


 ピンポーン、というチャイムと同時に、若葉さんのあ母さんと思わしき女性が出てきた。楓さんに似て、とても綺麗なお母さんだ。当然俺はこの家にプリントを何度か届けているので、面識はある。


「あら、信吾くん、どうしたの?」

「いえ、クラスで集まりがあるので、楓さんも連れて行こうと思いまして」


 俺の言葉に、お母さんは嬉しそうに微笑んだ。


「あら、それは嬉しいわね。あの子、引きこもりがちだから……。楓ー! 信吾くんが迎えに来てくれたわよー!」


 お母さんに呼ばれて、楓さんは渋々と階段を降りてきた。その顔は、見るからに不機嫌さが滲み出ていた……が、片手には、しっかりハンドバッグを握りしめていた。


「ほら、楓、行きなさい。せっかく迎えに来てくれたんだから、楽しんで来なさいよ!」


 お母さんはそう言って、楓さんの背中を押す。


「……行ってきます」

「行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ」


 楓さんのお母さん、絶対娘思いのいいお母さんだ。


「じゃあ、若葉さん、行こうか」

「……うん」


 若葉さんは渋々といった感じで、俺の後をついてきた。


◇◆◇◆◇


「お、若葉さん、来たんだ。珍しいね。信吾、お前が連れ出してきたのか?」


 話しかけてきたのは、クラスメイトの晴翔(はると)。このクラスの学級委員だ。

 だが、声をかけられた若葉さんは、咄嗟に俺の後ろに隠れた。本当は、俺以外の人とも仲良くして欲しいんだけどなぁ……。


 せめて、学級委員くらいとは普通に話せるようになって欲しい。


「若葉さん、今まであんまり喋ったことなかったけど、よろしくね」

「ひゃう……」


 若葉さんは晴翔に手を差し出され、咄嗟に逃げ出しそうになったが、俺が若葉さんの手をがっちりと掴み、引き止める。


「……ごめんな、人が苦手みたいで」

「信吾は、若葉さんとはどれくらいの付き合いなんだ?」

「……高校からだけど?」


 俺の言葉に、晴翔は目を丸くし、少し笑って言葉を続けた。


「……ハハッ、すごいな信吾は。まあ、今日はゆっくり楽しんでくれ」


 晴翔はそう言うと、食べ物の置いてあるテーブルへと向かっていった。


「……じゃあ、若葉さん、とりあえず色んな人と話してみなよ」


 俺の言葉に対して、若葉さんはフルフルと小さな顔を横に振った。


「おう信吾、今日はお疲れ。そっちは……若葉 楓さんか。楓さんも、今日はお疲れ様」


 そんなやり取りをしていると、急に横から声をかけられた。かけてきたのは……唯人(ゆいと)か。

 唯人は、幼稚園からの俺の友達だ。

 社交的で、誰に対しても仲良く接する。頭も良く運動もできる、このクラスきっての天才だ。


 晴翔も同じようなスペックを持つ天才だが、唯人の方がいくらか接しやすい。


「……」


 若葉さんはまたしても、俺の陰に隠れようとする。


「……俺、嫌われてるみたいだな。じゃあな、信吾、今日は楽しんでけよ」


 唯人はそう言い残し、去っていった。

 そんな感じで、色々な人と挨拶しながら、今日の打ち上げは終了した。


◇◆◇◆◇


「信吾は、私を色んな人に会わせたいの?」


 帰り道、俺と若葉さんの帰宅路で別れ道となる公園で、若葉さんは急にそんなことを言った。

 真実を隠す理由もないので、正直に答える。


「ああ、若葉さんには色んな人と接して貰いたい。色んな人と、もっと仲良くなって貰いたいんだ。そしたらきっと、若葉さんも学校に来やすくなるだろ?」


 若葉さんはその言葉を聞いて、近くにあったベンチにそっと腰掛けた。


「……そう、悪意はなさそうね。なら……うん。良いわ。今日はありがとう、楽しかった」


 若葉さんはそう言うと、スッと立ち上がり、スタスタと立ち去ってしまった。

 今日の若葉さん、なんか変だぞ……?

 俺はそう思いながら、若葉さんを見送ったのだった。


◇◆◇◆◇


 あの打ち上げの日から、さらに日時は過ぎ去り……翌年の4月。

 俺はまたしても同クラスであった若葉さんに、校舎裏に呼び出された。

 新年度早々、何があるのかと少しドキドキしながら校舎裏に向かうと、そこには校舎に寄りかかる若葉さんの姿があった。


「信吾、話があるの」

「おう、なんだ?」

「言いづらいんだけど……もう、私に関わらないで。本当は、打ち上げのあの日に言えば良かったわね。ゴメンナサイ」

「は? いや……ちょっと待てよ……おい!!」


 俺は呼び止めるが、無視して立ち去ろうとする若葉さんの腕を思わず、がっしりとつかんだ。


「触らないでっ!!!」


 そう叫び、腕を振りほどいた若葉さんの目は、薄っすらと濡れていた。

 続いて、頬に鋭い衝撃が疾る。

 殴られたということを理解するのに、そう時間はかからなかった。


「─とめ──から」

「は? 何よ」

「みとめねぇから!!」


 その言葉は、俺の口から思わず零れていた。

 こんな感情なんて、乱暴な言葉なんて、俺の胸にしまっておけばいいじゃないか、いつもみたいに。


 すぐにそう後悔したが、乱雑な今の心は俺にはコントロールできなかった。


「あっそ。勝手にすれば? とにかく、金輪際私に関わらないで」


 若葉さんはそんな捨てゼリフと共に、立ち去っていった。


「なんで……なんでだよ……」


 そこに残ったのは、唇を噛み締める俺だけだった。


◇◆◇◆◇


 あれから、2ヶ月くらいが経過した。若葉さんは2年目の体育祭も、姿を現すことはなかった。

 しかも、それからかなり長期的な休みに入り、姿を見ることはほとんどなかった。


 担任に理由を聞くと、言いづらそうにしながらも入院し、遠回しに病院の場所と名前まで教えてくれた。


 ……ということで、今は若葉さんの部屋に突撃すべく、その病院の前まで来てる。

 都立の大学病院で、規模はかなり大きい。

 もしかしたら、かなり重い病気なのかもしれないと思いながらも、俺は受付で若葉さんの病室を聞き、その扉を開ける。


「……あなたは……!」

「……来ちゃったぜ」

「何よ、金輪際私に関わらないでって言ったじゃない」


 そこには、そんな刺々しい言葉を投げかける……若葉 楓さんの姿があった。

 白い病院服に身を包め、手には雑誌のような物を持っている。


「……入院、してたんだね」

「ええ。そうよ……。悪かったわね、急にあんなこと言って」


 若葉さんはそう、申し訳なさそうに言った。


「じゃあさ、笑ってよ」

「は?」

「悪いと思ってんならさ、俺に笑顔を見せてよ」


 実のところ、若葉さんの笑顔を見たことは一度もない。それは、俺としては少し寂しいのだ。ずっと、一度でいいから見てみたい……そう、思っていた。


「仕方ないわね。……これでいい?」


 その言葉に、声に、笑顔に、俺の鼓動は高鳴る。

 そうか。なんで若葉さんに感情的になって、執着していたのか……やっと分かった。


 俺は、知らず知らずのうちに、若葉さんに、若葉楓さんに──恋をしていたんだ。


 別れを切り出されたあの日、初めて話したあの日の変に高ぶった感情も、今なら理解できる。


 それから数日間、俺は学校の放課後は病院に通い詰めた。

 その中で、若葉さんが順調に回復していることも知った。そして、この調子で回復すれば、1週間後に手術があることも。


 俺はそれを聞き、思い立って若葉さんに話をした。


「ねえ、若葉さん」

「何よ」

「その……付き合ってほしいんだ」


 俺の告白に、若葉さんは目を丸くした。

 俺も、胸の鼓動がドギドキと高鳴り、心臓が今にも破裂しそうだ。若葉さんが無事でも俺が高血圧で死亡なんて、シャレにならないから止めてくれ。


「……駄目。今度手術があるの知ってるでしょ?」

「ああ。だから──」

「だからこそよ。貴方を、悲しませたくないの。……そういうのは手術が成功してからにしましょう」


 俺はそれを聞き、心から喜んだ。そうか、手術が成功したら──付き合ってくれるのか。


「じゃあ、手術が終わったら、君にもう一回告白するよ。それまでに、答えを考えていてくれ」


 俺はそう伝えると、そっと病室を出る。

 ハァー……緊張で死ぬかと思った。


 俺が病室の外で心を落ち着かせていると、若葉さんのご両親が俺の方に歩み寄ってくる。


「信吾くん、お話があるの。驚かないで聞いてね。実はね……楓の手術の成功確率は……0.01%なの。あの子も、それを知ってるわ。だから勇気づけてあげてほしいの」


 ……え?


「……今、なんて言いました?」

「楓の実験の成功確率は0.01%で、それをあの子は知っているって」


 若葉さん、全然そんな素振り見せなかったけど? まさか、0.01%なんて……嘘、だろ?


「ゴメンナサイ、今日はもう帰ります」


 俺はそれだけ告げると、自分の家に帰って行った。

 朦朧とする意識の中、いつも通りカードを当て、いつも通り電車に乗り、いつも通り2時間かけて帰宅する。


「……ただいま」

「おかえりー、って、信吾?」


 俺は心配する母親をよそに、二階の自室へと入る。


 ……なんでッ!! なんで若葉さんがそんな目に遭わなければならないんだッ!!

 ベッドの上にあった枕を、乱暴に壁に投げつける。

 それは棚に当たり、ガラガラと物が崩れ落ちていった。

 俺はベッドを上から、八つ当たりするように力いっぱい殴りつけた。


「なんで……なんでだよ……!!!」


 俺はベッドに潜り込み、一晩中泣き続けた。


◇◆◇◆◇


「ねぇ、この神社には、朝5時に1週間お参りし続けると、願いが叶うんだって!!!!」

「えー! 本当に!? 明日から試してみよーぜ!」


 これは……いつの夢だろうか、懐かしい。俺の隣にいるのは……昔死んだ幼馴染と、唯人だろうか。

 何にしても、懐かしい。確か、その時は次の日には忘れてたっけ。


 ……そうだ。神様にでも、頼んでみるか。

 都合がいいのは知ってる。今まで参拝なんて碌にしてこなかったし、あんな小さな神社、と軽く見ていたこともある。……けど、もう頼れるアテなんてこれくらいしかないんだ。


◇◆◇◆◇


 朝、バッと目が覚めた。時間は4時半、まだ間に合う。俺は急いで着替え、朝飯も食べずに神社へと向かう。着いたのは、4時45分くらいだった。

 そこには、確かに1週間お祈りすれば願いが叶うこと、その1週間は不幸なことが起こり続けることが書いてあった。


 俺はその注意書きを読み終えると、お賽銭を入れ、若葉さんの顔を思い浮かべ、手術が成功することを祈る。それから30分くらい祈り続けると、家に戻り学校へと向かう。


 学校で待ち受ける不幸の連続を乗り越えたら病院へ。病院が閉まる午後8時ギリギリまで若葉さんと話したりして、10時頃に家へ。

 家では若葉さんとLINEやメールをしながら、食事をとり、風呂に入り、就寝するのは1時くらいになる。


 特に辛いのが、学校での不幸だった。

 幸いイジメなどはないが、イタズラや先生から大変な仕事を任されることで、俺のスタミナゲージは日に日に削られて行った。


 そんな苦難の日々を乗り越えて、遂に1週間が経った。

 朝飛び起きると、時間は4時50分になっていた。

 これはヤバい、そう感じ、服をすぐさま着替え、全速力で神社に走る。


 もう、俺にとってはこれ以外の希望は見当たらなかった。

 これだけが、俺にできる唯一のことだった。

 幸い、今日は土曜日だ。学校は休み。

 手術が始まるのは、2時からだ。


「いってぇ!!」


 俺は何もない所で足を躓き、膝を擦りむいて、思わず悲鳴をあげる。


「だめだ、もうちょっと、あと少しなんだ……!!」


 俺は立ち上がり、再び走り出す。身体中の至る所が悲鳴をあげた。携帯の時間は、4時55分を指していた。


「……まに、あ、え……」


 俺は、白い境内の奥、神社の本殿へと辿り着いた。

 携帯は、無慈悲にも5時5分を指していた。


「お願い、でず、だずげで、ぐだ、ざい、ゼェ……ゼェ……」


 俺は身体中泥まみれ、顔を涙と鼻水まみれにしながらも、神に対して、そう、懇願した。

 膝をつき、地面に跪いて、両手を合わせる。

 それから、俺はずっと祈り続けた。

 何時間も、ひたすらに、祈った。


「……行かなきゃ」


 携帯の画面は、11時半を指していた。

 それから、痛む足を引きずりながら、2時間の病院への旅路を行く。


「……信吾」


 俺は手術室の前で待っていると、若葉さんが運ばれてきた。

 その手を掴み、頑張れ、と、勝つんだ、と、声をかけた。そんな、ありきたりな言葉しかかけられなかった。


 それからもまた、俺はひたすらに祈り続けた。

 手術室の前のベンチに座り、両手を組み、ひたすらに祈る。


 何時間が経ったのだろうか。気づけば、周りは真っ暗だった。

 携帯の画面は午前2時を指していた。

 寝てしまっていたことに気づくのに、そう時間はかからなかった。


 ……その時、だった。

 緑色の手術服を纏った医師が、手術室の扉から出てきた。

 マスクを外し、口を動かす。


「容態は安定しました。……手術、成功です」


 ……よかった。本当に、良かった。俺の頬を、一筋の涙が伝った。1週間前のあの日以来、一度も流れたことのなかった、涙だった。


◇◆◇◆◇


「ねぇ、信吾、話って何?」

「わかってるだろ? あの約束のことだ」


 俺はそう言って……深呼吸をした。2回目だ、絶対上手くいく。


「……俺と、付き合ってください!!」


 あ、ヤバい。声量を間違えた。なんで、こんなタイミングで間違えるんだ俺は……。

 俺が沈んでいると、若葉さんはクスクスと笑った。

 そうして……少し悲しそうな顔をして、答えた。


「……私、先生から聞いたんだけど、子供できなくなったんだよ?」

「だからどうしたんだ? 俺が好きなのは、君の子供じゃなくて、君自身だ」


 ああ、恥ずい。恥ずかしすぎて顔が破裂しそうだ。


「私、貴方にまだまだ迷惑をかけると思うわよ?」

「それでこそ、若葉さんだろ。俺にとっては、君からかけられる迷惑なんて幸せそのものだ」


 なんだこのセリフ、穴があったなら入りたい、タコになってタコツボに入りたい!


「私……貴方の思ってるような人じゃないわ」

「君がどんな人であろうと、俺は君を幸せにする。そう決めた」


 俺は、若葉さんの目をじっと見つめる。

 若葉さんも、俺の顔を見つめ返した。


「……もう、わかったわよ。私の負けね」

「へ?」

「何よ、フラれるとでも思ってた?」


 若葉さんは、そう言って聞き返した俺の顔をクスクスと笑った。……はは。やった、そうか! そうか!!


「ありがとう! 若葉さん!!!」

「ふふ……どういたしまして。ただし……私を幸せにしなさいよ」

「もちろん!!」


 こうして……俺、山木 信吾は、0.01%を乗り越え、晴れて若葉さんとお付き合いすることになった。

 俺は、きっとこの日を忘れないだろう。

 そして……0.01%を乗り越えた俺たちなら、きっとこの先も幸せになれる。


◇◆◇◆◇


 あの日から、早一年が経過した。

 若葉さんの容態はと言うと、今ではすっかり健康体だ。それでも、少し内気な所は変わりないが、今ではクラスのみんなとも打ち解けている。


 あれから、色々なことを2人で経験した。

 おおよそ普通の人では経験することのないであろう時間を共有したからか、俺たちはより新しい経験を大切にすることが出来た。


 あの日の、0.01%のキセキは、きっと神様がさしのべてくれた救いの手だったのだろう。


◇◆◇◆◇



 それから、10年後──。



「おめでとう、若葉さん。いや、山木 楓さん。そして、信吾」


「ああ、唯人、ありがとう」



 若葉 楓……いや、山木 楓は、白い花嫁衣装に身を包んでいた。



 彼女は残念ながら、あの日言っていたように、手術によって子供を産むことは出来なくなってしまったらしい。



 だが、それでも構わない。俺は11年前の今日──若葉 楓さんを、どんな形であれ、幸せにすると決めたのだから。

ご閲覧ありがとうございました!

これからもよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点]  いいお話です。 [一言]  最後は目頭が熱くなりました。
2016/03/15 07:33 退会済み
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