プチ別居
お題:弱い別居 制限時間:4時間
孝之は溜息を吐いた。彼の居るリビングには彼以外はいない。彼の妻洋子と娘百華は妻の実家に帰ってしまっている。
原因は大したことではないが、夜遅くまで残業をして帰った孝之への精神的ダメージは大きい・・・・・・というようには見えなかった。
「まっ、独身貴族と洒落込むか・・・」
そう独り言ちながら、孝之は発泡酒の缶を開けた。
孝之は無駄に残業のある会社に勤めており、そのことを妻も娘も理解している筈だと思っていた。しかし、蓋を開けてみればこうだ。今、彼が必死で働いて手に入れた「夢の箱」に二人は居ない。
孝之は日頃激務のために観られていなかったDVDを楽しむことにした。何も激務を果たす自分を労えとは言わないが、ちょっと出るなら出ると事前に伝えておいて欲しかったものである。
彼の今までの経験から言うと、妻と娘は平均3.7日どこかへと出かける。軽い別居というやつだ。孝之はどさくさに紛れて有給も取得していた。別居というには寧ろ楽しんでいる感が否めない。此方も向こうも。妻たちが出かける場所もわかっているので、此方の立場が弱い訳でもない。孝之は浮気をしていたわけでもなく、飲み会をハシゴしていたわけでもないのだから。これは、妻が放った調査会社の人が既に確認していることだろう。俺は身の潔白は証明し続けているぞ、というのが孝之の言い分だ。
深夜の1時を過ぎても、孝之は起きて映画を見ていた。まるで学生時代に戻ったかのように。彼はリビングの時計をちらりと見た。この時間帯ならば妻と娘はもう夢の中だろう。他の男の影を疑うような用心深さを、孝之は持ち合わせていない。それは偏に激務による疲労と、彼の面倒臭がり精神からきている。他の男が居たら、それまでだ。さよならだって人生の主演だ。
自力でつまみを調理し、発泡酒からワインにクラスチェンジした酒を片手に独りの孤独と気楽さを楽しむ。さあさあ、別居はこれからだ―――そう言わんばかりに、孝之は新しいDVDをデッキに突っ込んだ。